第9話:夏だ! 主命だ!! 水浴びだ!!! [6/7]
愛とは
鶴丸に連れられ、二人は左文字兄弟の部屋の前、あまりアングルは良くないが一応池の様子が見える日陰に腰を下ろす。江雪が持ってきた魔法瓶から麦茶を注いだ。
「おお、すまん」
鶴丸は江雪からグラスを受け取る。江雪は自分の分を一口飲むと、再び氷嚢を頭に当てた。一度水に浸かった所為もあるだろうが、これだけでも随分涼しい。
「それにしても、主は変わっているな。刀剣男士の肉体が駄目になっても、代わりの身体は政府が寄越してくれるってのに」
付喪神の分霊が宿る刀身さえ無事なら、鍛刀し直さずとも人間の傀儡を交換するだけで事足りる。その記憶や人格は保たれるので、何も審神者が無理して治療する必要も、心配して様子を見ておく必要も無い。
「それとも人間ってのは皆ああなのか?」
「さあ……私は主以外の人間と意思の疎通を図った事がありませんので……」
ふむふむ、と鶴丸は面白そうに口を歪めている。もう一口飲んでから、グラスを置いた。
「俗な言葉では『愛』と呼ぶんだろう?」
「え……?」
「お前と主の間にあるものさ。どんな感じなんだ?」
言って瞳を覗き込んでくる鶴丸に驚き、江雪は座ったまま後退る。五寸退がれば五寸寄ってくるので、その顔と顔との距離は変わらない。
「どうって……」
「俺にも感じられると思うか?」
その言葉にやはり審神者の事を狙っているのかと江雪は眉を寄せた。しかし、鶴丸は金色の瞳に憐みの様な色を重ねると、傾けていた姿勢を元に戻す。
「俺なあ…………何故だか解らないんだ」
「……何が、ですか?」
鶴丸は池の方を見て頬杖を突く。視線の先では、審神者と短刀達が鯰尾のボールを使って遊んでいた。
「この前主が言ってただろ? 俺は、というか俺の分霊が、転送装置の実験台になってたって」
「ええ……」
審神者の知り合いのエンという者が、鶴丸国永の分霊と、複製された刀身、そして人間の肉体の試作品を使って、転送装置の開発を行っていたと。
池を見ているようで何処か遠い所を見ている鶴丸が続ける。
「何度も何度もな……呼ぶんだ、あいつが」
付喪神本体は分霊の見たり聞いたりした事を知る事は出来ないが、分霊が本体に帰って来た事は知る事が出来る。今此処に居る鶴丸はつい最近此処の審神者が喚び出したものだから、実験体として働いていた鶴丸の記憶は無いが、何度も同じ審神者に喚び出された事は覚えていた。
「最初は好奇心だった。なんでも、いちが怖がったって聞きゃあ、そりゃあ俺が行って後でいちを驚かせたいと思うだろう?」
「驚かせたいと思うのは、貴方だからでは……」
「まあ、それは良い。とにかくな、詳しい話も聴かずに協力する事にしちまった」
その後、たっぷり二分ほど、鶴丸は黙り込んだ。江雪は審神者の水着の胸元がひらひらと揺れるのを眺めていたが、そろそろ此方から話した方が良いかと振り向く。鶴丸はその気配に気付いて再び口を開いた。
「いやなに、別にどうって事無いんだ。俺は実験の内容なんて知らないんだし」
分霊の記憶は分霊と共に消え去る運命。良くも、悪くも、残酷だ。
「ただ、ああやって何度も喚ばれるとな……。記憶は引き継がれない筈なのに、徐々に俺も怖くなって。ま、その内実験も終わったのか、喚び出される事はなくなったが」
「貴方は、最後までその方の声に応え続けた事に、驚いているのですね」
江雪の言葉に、鶴丸は目を丸くして彼を見た。
「こりゃ驚いた。他人にこうも簡潔にまとめられるとはなあ」
残っていた茶をぐびっと飲み干すと、江雪にお代わりを要求する。
「これが『愛』の一種だと思うか?」
「どうでしょうね」
江雪は氷嚢を外して茶を注ぐ。氷嚢もぶよぶよになってきた。
「焦らずとも……いずれ答えは出るでしょう」
自分は、気付けば彼女を愛していた。無理に急いで探す必要など無い。
この世は愛に満ち溢れている。嘆きや悲しみと同じくらい、愛や、希望や、幸せもある。そして、それぞれの愛の形というのは、決して他人の価値観では理解出来ないものなのだ。
江雪がこの本丸に来て学んだ事はそれだった。鶴丸がそれに気付くのも、そう時間はかからないだろう。
そして、審神者も。
「そうか」
答えた鶴丸に、江雪はほんの少しだけ微笑みかけた。
(おっと、こりゃ驚きだねえ)
「その表情は主の為に取ってあるんじゃないのか?」
「別に……わざと仏頂面をしている訳では、無いのですが」
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