宇宙混沌
Eyecatch

第10話:研究室 [4/6]

「廊下は暑いな……院生室で待たせてもらおう」
「しかし、鍵が……」
「陽一から預かってる」
 鶴丸は「穂村陽一」と記名のある学生証を使って鍵を開けた。それぞれの主の椅子に座り、会合が終わるのを待つ。
「貴方は、主の真名を呼ぶのですね」
 付喪神が懐いている者の名前を呼べば、無意識に神隠ししてしまう事もある。そんな危険な事を、どうしてしているのか。
「流石に本丸じゃ呼んでねーよ。此処に居た時は審神者名もまだ付いてなかったし、仕方無いだろ?」
 鶴丸はエンの学生カードを投げて弄びながら返す。
「神隠しが怖くないのですか?」
「まあ、俺と陽一はそういう仲じゃないと言うか……」
 落ちてきたカードを二本の指で挟み取る。金色の目が江雪を捉えた。
「お互い信頼してるからな」
(ああ、そうでしたか……)
 うちに来た鶴丸が知りたがっていた、彼と自分との間にあるもの。
 愛と呼ぶ程甘くは無く、興味と言う程軽々しくも無かった。
(帰ったら、教えてさしあげましょうか……いえ、)
 江雪は膝の上に置いた自分の手を見る。柔らかく、しかし脆くもない、人の手。
(自ずと学ぶのもまた、人の身を得た喜びの一つでしょう)
 この身を失いたくない。江雪は掌をきゅっと握り締める。
「どうした?」
 急に険しい顔をした江雪を鶴丸が案じた。
「いえ……何でもありません……」
 コウには、自分の本体さえ許せば、この身を手に入れて人間になる事など容易いと聞いたじゃないか。
 なのに、何故突然失うかもしれない恐怖に襲われたのだろう。勿論、刀剣男士として戦う以上は分霊としての存在を失う可能性はあるが……その不安とはまた違った恐怖。
 部屋の扉が開いた。コウと、その後ろからエンを含めた数人が入ってくる。
「うわー、これが付喪神さんですか?」
 男子学生の一人が二人を見て興奮する。
「あ、今年入ってきた子は鶴丸も見た事ないのか」
「本当は駄目なんだけど、ちょっとくらいなら話して良いよ。ね?」
 付喪神は審神者の真名が割れるのを防ぐ為に、原則として審神者以外の人間との会話を禁止されている。エンが「内緒ね」と言いながら目配せすると、鶴丸は頷く。
「主がそう言うなら」
 鶴丸は笑顔で興味津々な学生達の相手をし始めたが、江雪はコウの様子がおかしいのに気付いた。
「ご気分が優れないのですか」
「いや、もう帰ろう」
「えー、もう帰っちゃうんですかー?」
「審神者業の合間にわざわざ来てくれたんだ。お疲れ」
 先程のハンサムな男が助け舟を出す。コウは挨拶を返して部屋を出た。

闇背負ってるイケメンに目が無い。