宇宙混沌
Eyecatch

第6章:夏の暑さに [4/4]

 江雪は厩に居た。暑さは何処に居ても大して変わらないが、馬の頭を撫でていると何故だが心が落ち着く。
『……連れて行ってくれても良いのに』
 その言葉は江雪の耳にも届いていた。溜息をつく。
(本当にそう思っているなら、そうしますよ……)
 自分は、彼女に人間としての幸福を心から願っている訳ではない。神と人間の価値観は根本的に違う。今の自分のこの想いは、彼女には重すぎるし、残酷すぎる。
 枯れると解っていても、自分は花を手折ってしまうのだ。手折って、近くで愛でて、萎れれば捨てる。どうせ終わりある命、天寿を全うするもこの手で殺めるも同じだと。
 だが、彼女の望みも解るのだ。それを叶える手助けが出来れば、どんなに素晴らしい事か。
『俗っぽいね。僕ならとっくに隠してるよ』
 俗っぽい。江雪がふと漏らした胸の内を、宗三は人間臭くて仕方が無い、という風に笑った。
『禁欲的に生きている方が格好が良いとでも思っているんだろう?』
(……違いますね)
 江雪は馬を撫でていた手を引き、その掌を見詰める。少し大きめの骨張った手。
 江雪は、自分が誰よりも欲の強い刀だと知っていた。同時に、誰よりも臆病である事も。
 刀として生まれたからには、人を斬りたくないと言えば嘘になる。だが、それよりも、自分が振るわれる事で自分の持ち主やその仲間が、他の者に斬られる事に怯えている。
 男の身を手に入れたからには、審神者の事を人間の男として愛してやりたい。ねだるあの手をいつまでも握っていられたら。しかしそうすれば、もっと、更にもっとと、箍が外れてしまうに違いない。きっと隠してしまうだろう。その後、嫌われてしまったら? 仮初の世に戻したって、一度壊れた関係はきっと修復出来ない。彼女を斬り殺して、何も無かったかのような顔を作る自分が目に浮かぶ。
 自分には、黒か白かしか無いのだ。その中庸の道を行く力加減が解らない。
 ならば、初めから争わぬようにすれば良い。
 だから、一度たりとも己を許してはならない。
 そのための鎧なのだ。自分の心を、悲しみから護る為の。

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