宇宙混沌
Eyecatch

期待などしない [4/8]

「大体人間の身体の感じは掴めた?」
 次の日、道着姿の審神者が部屋にやって来たかと思うと、そう尋ねた。
「これから仕事も色々割り振ると思うけど、まずは私と手合せしないか?」
「仕事……ですか……」
「安心しろ、何も戦うばかりじゃないさ。うちはシフト制でやってるから、出たくないならそう言っといてもらえれば調整するし」
 戦わせる為に喚んだのではないのか。江雪は審神者のやり方に疑問を感じつつも、連れられて板張りの大きな部屋がある別棟へ足を踏み入れた。
「……貴方も、武器をその手に取るのですか……」
「いや、私は趣味だ。そもそも審神者は過去には飛べんし」
 審神者は木刀を江雪に手渡す。自らは木製の薙刀を取った。
「ルールは無し、どちらかが負けを認めるまでだ。攻撃は薙刀には当ててもらって構わんが、ボディには出来れば寸止めにしてくれ」
「……勝負になるでしょうか?」
 審神者はニヤリと笑った。
「余裕があるうちに袈裟を脱いでおいた方が良いと思うぞ? ……脱がないなら、始めよう」
 言った途端、審神者の姿が目の前から消えた。
(!?)
 突然の事に驚いていると、左後方から殺気を感じた。慌てて薙刀を避け、木刀を構え直したが、思っていたよりも袈裟が邪魔だ。じっとしている分にはそれ程苦ではないが、動き回るには暑いし重い。
「初撃を避けるとは、やるね」
 思う様に左腕が動かせない事を解っているのか、審神者は右腕だけでは攻撃しにくい位置から狙って来る。薙刀という武器も厄介だ。向こうの方が攻撃出来る範囲が広く、間合いを詰める隙を与えてくれない。
 それに、ほんの少し走っただけで江雪には疲労の表情が浮かんでいた。政府で製作され、鍛刀されるまで冷凍室で保管されていた肉体だ。通常の人間よりスペックは良く造られている筈だが、動き慣れておらず体力も筋肉もまだ少ない。
(持久戦に持ち込む気ですか……)
 審神者も走り回って息が上がっているが、薙刀の扱いにも慣れている様だし、体力戦になれば江雪が負けるのは目に見えている。
「この勝負…………負けたら何かあるのですか?」
「私に勝つまでは出撃させない」
「では、」
 審神者の薙刀の動きを木刀で逸らし、退がる。審神者も次の攻撃まで一呼吸置いた。
「負け続ければ戦わずに済むのですね?」
「弟達が甲斐甲斐しく働く横でいつまで耐えられるかな? あと、」
 審神者が足を踏み出した。江雪は逃げるのをやめ、そのままの体勢で迎え撃つ構えを取る。
「負けたらちょっと私の趣味に付き合ってもらうよ!」
 叫んだ審神者の渾身の一撃を、江雪の刀が真正面から受けた。
 審神者は技術の面でかなり腕が上だ。自らの持つ力を最大限引き出して繰り出された薙刀は重かったが、江雪は気合と元々の腕力でそれを撥ね返す。
「!? っと」
 審神者の手から薙刀が飛んだ。審神者はすぐに拾おうとしたが、ヒュッ、と音を立てて顔に風が吹き付ける。
 江雪の木刀が顔の横で止められ、衝撃波が審神者の前髪をまだ揺らしていた。
「……最後、速かったな。お見事」
 審神者は負けを認めて立ち上がる。頭一つ分背の高い江雪を見上げた。
 江雪はその目を見つめ返す。綺麗な形の目だ。白く透き通った部分に、はっきりと黒い円が埋め込まれていて。
 そして……江雪の向こうに何かを見ていた。
「残念だ。脱がせてやろうと思ったのに」
「?」
 審神者が江雪の木刀を奪い取って撤退する。江雪は、審神者の言葉と視線の先を気にしながら、後に続いた。

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