宇宙混沌
Eyecatch

期待に応えたい [3/3]

 審神者の顔が見る見る内に青白くなり、その膝が崩れ落ちるのを、江雪は目の前で見て正直
(なるほど、腰を抜かすとはこういう感じなのですね)
と面白そうに観察していた。
「なんだよその怪我!?」
 この審神者、生傷に対する耐性は割とある。江雪の顔も服も手も赤く染まっていて一瞬驚いたが、妙に落ち着いて自分を観察している辺り、実際の怪我による出血ではなく大半は返り血なのだろうと結論付けた。近侍の小夜の手を借りて立ち上がる。
「大した事、ありませんよ……っ!」
 審神者は江雪の右腕の防具が割れている事に気付き、掴んで引き剥がす。江雪は痛みに顔を顰めた。
「結構深いな」
 と言うより、防具が無ければ腕が飛んでいてもおかしくない。
「手入れ部屋は?」
「今は一期が使っています」
「設備は二個あるだろ。すぐ行け、すぐ」
 江雪は苦笑した。兄が怪我をしたと聞いて、粟田口の兄弟達が手入れ部屋を埋め尽くしているのだ。その横で治療するのも居心地が悪いし、かといって本音を言えば審神者は粟田口の子供達を追い払ってしまうだろう。それはいささか、非情な気もする。
「身を斬られる痛みなど、心に比べれば」
 うっすらと潤んだ目で江雪を見上げる審神者を安心させる為に言った。
「貴方が悲しむと私も悲しいのです」
 小夜が気を利かせ、そっと廊下の陰に隠れた。江雪は手が汚れているので自らは手を伸ばさないが、審神者が抱きついてきても良い様に懐を広げる。
 普段はなるべく、触れ合う事は避けているのだが、こんな日くらい、少々期待しても許されるだろう。
 審神者は江雪の顔を見るのを止め、俯いた。こんな審神者でも照れる事があるのか、と江雪が微笑んだその時、
「だったらつべこべ言わずにさっさと手入れ部屋へ行け!」
突然腹に衝撃が飛んできて、そこから数時間の記憶が江雪には無い。

 後日。
「主殿」
 審神者が執務室で仕事をしていると、その日の近侍の一期が意気揚々とやってきた。
「遅かったじゃん。何してたの?」
「主に良いものを差し上げようと思いまして」
 そう言って差し出したのは、カメラの記憶媒体だ。
「戦場での江雪殿の様子が映っておりました」
「中傷負った時のか」
 結局審神者が跳び蹴りした所為で重傷になったのだが。
 審神者のパソコンに例の動画をコピーし、そのまま二人で鑑賞する。
「……一期……」
 審神者は顔を見られない様にそっぽを向いたまま言った。
「よくやった。今回の件はお咎め無しだ」
「ありがとうございます」
「……今週のシフト表、皆に配って来てくれ」
「はい」
 審神者は既に印刷してあった書類を指す。暫く一人で観ていたいのだろう。
 一期が外に出ると、左文字の部屋の前に座って、江雪が中庭越しに此方を見ていた。
「渡したんですか?」
「ええ、渡しました」
 江雪は顔を赤くし、落ち着かなげに髪の毛を耳にかける。
「何を恥ずかしがっているんです?」
「いえ……。あのように感情を剥き出しにして……」
 般若の様な顔をしている自分を見て、嫌われやしないかと。
「まあ、少々怖いお顔をされていたのは、確かですな」
 戦場以外であの本気の顔は見たくないな、と同意しつつも、一期は面白そうに微笑む。彼と弟達の分のシフト表を渡し、次の刀剣の所へ。
(なるほど、江雪殿は主の前では「クール」で居たいのですか)
 この本丸の刀剣達は知っている。此処に居る江雪は、噂や見た目ほど、冷淡な人格ではないという事を。人間と同じ様に、泣き、笑い、そして誰かを愛する心を持っている事を。
(ひた隠しにしているのでは、道理で主が食い入る様に画面を見る筈です……)
 頭に血を上らせている江雪の顔が、相当珍しかったのだろう。
「兄様?」
 一期が去った後、話し声に気付いていた小夜が部屋から顔を覗かせる。
「今週の当番表ですよ」
 江雪が振り返ると、露わになった耳たぶに垂れ下がる房が揺れた。反射した陽光にきらきらと光るその飾りが、長い髪が、美しくて小夜は吸い寄せられる様に彼の膝元へ。
「畑当番一緒だね」
「楽しみですね」
 江雪は頷く小夜を手繰り寄せ、その膝に座らせる。小夜は決して、心が幼い訳ではなかったが、こうしていると不思議と落ち着いた。
「ねえ兄様」
「何ですか?」
「……何でもない」
 そうですか、と言う間も、江雪は審神者が仕事をしているであろう執務室の障子を見詰めていた。小夜は、そんな兄にいつも、自分の言いたい事を見失ってしまう。
「……あんまり主を心配させちゃ駄目だよ」
「解っていますよ」
「解ってないよ」
「では、お小夜は解っているのですか?」
 何気無いその一言は、小夜には核心を突いている様に感じられた。
 お前は、誰かを愛するという事を解っているのか。
「…………多分、ね」
 実のところはよく解らない。ただ小夜が言えるのは、確かに兄が審神者の事を愛しているという事だけだった。

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