宇宙混沌
Eyecatch

期待に応えたい [2/3]

「一期一振!!」
 江雪が叫んだ時には、遅かった。弟の撮影に夢中になっていた一期は背後から敵の一撃を受け、避けきれずに転がる。
 一期の手から離れたカメラが、コロコロと転がって五虎退の足元で止まった。
「ああぁ、いち兄……」
 異変に気付いた弟達が一斉に振り返る。一期の怪我は大した事は無く、次の瞬間には抜いた刀身で敵を真っ二つに斬り裂いていた。
 いやそれよりも。
「敵から目を離してはいけません!!」
 江雪は自分を襲おうとしていた敵を薙ぎ倒しながら、短刀達へと近付いた。兄に気を取られた幼い兄弟達を、横から、後ろから、多数の敵が狙っている。
 一撃目は、江雪の右腕の防具が受けた。敵の刃は防具を割り、白い肌に一筋の傷を残す。
「江雪さん!」
「貴方達は下がりなさい!」
 いつもの穏やかな口調からは想像がつかない程、早口で荒ぶった声が出た。短刀達は敵の数よりも江雪の気迫に圧され、言われるがまま兄の所まで逃げる。
「江雪殿も逃げましょう!」
 一期が叫んだ。江雪は向かってくる敵を一つ一つ処理しながら、残っている敵の数と動きを確認する。
 確かに、このペースで対処していては追いつかない状況だった。
(逃げますか……)
 全員の身の安全を考えれば、それが一番良い策だった。しかし、江雪の脳裏に審神者の顔が過る。
 彼女はどうして、自分に彼等を託したのだ?
 それは、自分なら必ず無事連れて帰ってきてくれると、期待したからでは?
(……皮肉ですね……)
 その期待に耐えられず、戦いを拒否する刀であったというのに。
 自分は彼女には、何の期待もしないでおこうと心に決めたのに。
(しかし……)
 彼女の期待に応えたい。そうする事で彼女の気が晴れる事を期待している。
 その矛盾に心が痛んだが、今はくよくよ悩んでいる場合ではない。敵はもう、逃げられない所まで迫って来ていた。敵の繰り出す刃が、江雪の肩口を掠る。
「むざむざ殺されるつもりはありません!」
 江雪は一期に応える代わりに、左手に固定していた袈裟の端を外した。そのまま上着ごと袈裟を引き千切る様に脱ぎ捨て、動きの鈍くなった右腕から左に太刀を持ち替える。
 そこからは何が起こったのか、一期には全く解らなかった。気付けば敵は皆、江雪の前に無残な姿で積み上がっている。
「……帰りましょう」
 振り返った江雪は、血塗れの顔を手の甲で拭った。そうやっても、一度付いた血は簡単には取れない。江雪の白い肌に、うっすらと頬紅の様に返り血と江雪自身の血が映える。
「カメラは無事ですかね?」
 江雪が足元に落ちている黒い物体を指した。血塗れの手では流石に持てない。一期は慌てて拾いに行った。
「申し訳ございません。私とした事が、油断しました……」
「私が傷付くのは構いません。それだけで済むのであれば」
 一期は軽傷を負っているものの、短刀達は全員無傷のようだ。うるうると目を潤ませている五虎退の頭を撫でようとして、手が真っ赤だった事に気付いてやめる。
 心配する粟田口の者達とは対照的に、江雪は内心ほっとしていた。
 何はともあれ、彼は審神者の期待に応えたのだから。

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