宇宙混沌
Eyecatch

期待に応えたい [1/3]

「江雪」
 呼びかけながら部屋の襖を開け、顔を覗かせた女性に、江雪左文字は表情一つ変えずに応えた。
「何か、ご用ですか?」
 ニコニコと楽しそうな審神者とは対照的に、江雪の口調は、その内容が何にせよ乗り気ではなさそうだ。実際、彼女が持ってきた案件は、江雪にとっては憂うべきものであった。
「お前今日非番だろ? ちょっと出陣してくれないか」
「……構いませんが」
 とは言え、一応の主従関係はある。自分は戦う為に此処に喚ばれたのだし、働かざる者食うべからずでもある。そもそもこの審神者は江雪の意志をかなり尊重して、内番メインのシフトを組んでくれているのだ。たまの助っ人のお願いさえも拒否するほど、この本丸の江雪はひねくれていない。
 作務衣姿だったので、本を読んでいた手を止めて立ち上がる。着替えようと戦闘服を手に取ったが、審神者がまだ開いた襖の所に居たので溜息を吐いた。
「着替えますので、閉めてください」
「……はーい……」
 やれやれ、と江雪は首を振る。此処の審神者は、ハレンチ・ヘンタイ・セクハラと三拍子揃って刀剣男士から陰口を叩かれる程度には、破廉恥で変態でセクハラが大好きだった。機会さえあれば、刀剣達の着替えを見たがっている。
「もう良いですよ」
 一先ず襦袢の上に袴と着物を重ねた所でそう声をかける。喜々とした表情で審神者が部屋に入ってきた。
「この髪邪魔じゃないのか?」
 長くも短くもない髪の長さの審神者は、江雪の後ろから手を伸ばし、彼の首の辺りでその髪を自らの両手でまとめる。
「切った方が良いですか?」
 審神者が髪を持ち上げている間に江雪は重たい鎧袈裟を身に纏った。審神者が手を放し、その毛先を指で梳いている間に、右腕に防具を着ける。
 江雪は出陣部隊のレギュラーではないので、出陣する時というのは必ず、審神者から臨時の依頼があった時だ。何時の間にか、江雪が武具を着ける時は、審神者が手伝う構図が出来ていた。
「別に長いのが嫌いなわけじゃない」
 できた、と審神者が呟く。彼女の方に向き直ると、[[rb:解 > ほつ]]れの取れた髪がさらさらと揺れた。
「して、今日は何処へ?」
 審神者はいつもと同じかそれ以上に穏やかな表情をしている。普段は戦力不足で出陣を頼まれる事が多いが、今回は違うようだ。
「江戸。粟田口短刀のお守りだよ」
「なるほど」
 政府によると、歴史修正部隊の活動範囲が広くなり、最近では室内戦を余儀なくされる事も多くなったらしい。この本丸では、短刀達の戦力不足を理由に夜戦や室内戦のある戦地には行かないようにしたが、そうもいかなくなってきた。そこで、一期一振と弟四人、プラス脇差以上の刀剣を一人で部隊を作り、簡単な案件が回ってきた時に訓練と称して短刀達を鍛えに出陣しているのだ。
 つまり、あくまで短刀を鍛える為なので、基本的には江雪は何もしなくて良い。形勢が悪くなり、危険を感じたら支援すれば良いだけだ。
「では、行って参りましょう」
 言って江雪が自らの刀に手をかける。途端、微笑みを浮かべていた審神者の表情が陰った。
「……主?」
「いや、気を付けてな」
「……はい」
 そんな不安そうな顔をしないでくれ。自分も皆も、無傷で帰って来るから。
 自分の弟達や、一期一振、そしてこの本丸に居る多くの刀剣達は、例え嘘であろうとも、そんな旨の言葉を簡単に口にするだろう。そうすれば、彼女の表情の曇りが、一時的ではあっても晴れる事を知っているから。
「……行ってきます」
 しかし、江雪はそれが出来なかった。ただ、たったその二文が口に出せなかった。
 江雪は、彼女の表情がずっと晴れていられる事を切に願っていたのだ。

「今日は江雪殿ですか。これは頼もしい」
 過去へと飛ぶ転送装置の前には、既に粟田口の兄弟が待っていた。笑顔の一期一振の手には、何故か新品のビデオカメラが。
「……何ですかそれは」
「よくぞ訊いてくださいましたな!」
 そして始まる一期の弟語り。自分の弟達が如何に可愛いかから始まるこの話は、聴き飽きているので江雪は質問の答えが出てくるまでは適当に聞き流す。
「それで、給料でカメラを買って弟達の様子を撮影しようと思いましてな」
「戦場……でもですか?」
「お守りは大体いつも暇ですしなあ。自分の身を護るくらいです」
 審神者が相当気を付けて出陣先を選んでいるのか、一期やもう一人のお守りが手を出す事は滅多に無いらしい。
 それを聞いた江雪は正直、油断してしまったのだ。
「そうですか……」
 あっさりと一期によるカメラの携帯と弟達の撮影を許し、六振は転送装置に乗り込むと、江戸へと出発した。

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