宇宙混沌
Eyecatch

第8章:気になって仕方がない [4/5]

「な・ん・でっ? なんでそこで唾付けとかないんだ兄さまの馬鹿! 奥手!」
「別に逃げる心配が無いからじゃないかな……主が」
 江雪は自室で文机に突っ伏していた。江雪は何でも自分の胸の内に秘めているかと思いきや、色恋沙汰に関しては不安でいっぱいで、何か事ある毎に宗三に相談している。今日は小夜も非番なので間続きの隣の部屋からツッコミを入れていた。
 宗三は桃色の髪をふるふると震わせながら訴える。
「良いかい、兄さまはこれ以上無くとても良い立場に居るんだよ。それ、解ってる?」
「…………」
「好いた相手に想われて、他にその事を妬む者も居なくて……」
「加州は妬んでるよね。彼によると現世にも虫が居るとかなんとか」
「お小夜は黙ってて。とにかく! そろそろちゃんと此方からも想いをはっきり伝えておかないと、愛想を尽かされるよ?」
「いや、江雪兄さまの気持ちは主もよく解ってると思う……」
 小夜は宗三に睨まれて口出しするのを止めた。呆れた様に溜息を一つ。
「歌仙の所に行ってくる」
「あまり迷惑をかけてはいけませんよ」
 小夜の背を見送ると、江雪は頭を抱える。
「どうやったら抑えられますか」
 彼女へのこの恋慕を。
「抑える必要なんて無いさ。いつも言ってるだろう、僕ならとっくに隠してる」
「それは……いけません」
「兄さまはえらく『現世での彼女』に執着するね。昨日初めて現世を出歩いたくせに、主の何を知っているって言うんだい?」
 江雪は口を噤んだ。きっとこの気持ちは宗三には理解してもらえまい。

 審神者は執務室でパソコンを立ち上げ、カレンダーを見ていた。
「半年か……」
 審神者として働く為に、休学して半年。正確には、早めに修士論文を書き上げて此処へ来て、審査の日だけ現世に戻って学位を取ったので、事務上休学しているのは春からだが。
「……いつまでこうしているつもりだ?」
 寝転がり、天井を見上げる。自分に向かって尋ねてみた。答えなど、出て来ない。
 カレンダーのウィンドウの隣には、何やら複雑な数式の書かれたテキストの電子化ファイルに、審神者のメモ書きをスキャンした画像ファイル、いつもの黒背景のテキストエディタ。別のウィンドウに隠れて見えないが、大学やエンからのメールが詰まった受信ボックス。
 研究ノート代わりの電子ノートの更新日時は、今年の春で止まったまま。先日のバグへの対処法をまとめたノートを、統合する気が起きない。
「いつまでも」
 言ってみた。途端、虚しくなる。どちらが勝つにせよ、この戦いはいつか終わるのだ。それが何年後であろうとも。その時、現世に戻った自分に、居場所はあるだろうか。価値はあるだろうか。
 長い間前線を離れていた科学者等に。
「……っ!」
 審神者は床に拳を叩き付ける。
 虚しい、虚しい。私が一体何を持っていると言うんだ。

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