宇宙混沌
Eyecatch

第8章:気になって仕方がない [3/5]

「もう勘弁してくれぇ〜」
 小一時間経った頃、鶴丸がとうとう音を上げた。今の所、審神者の圧勝である。
「そんなんで戦えるのか?」
 ヒュッ、と音を立てて審神者は杖を引っ込める。挑発されて鶴丸は歯を食いしばったが、自信満々に答える事など出来なかった。床に這い蹲った状態でギリギリと耐えている。
「まーまー、安心しなよ。稽古初日に私に勝てたの、江雪以外居ないからさ」
「えっ、江雪殿勝ったんですか!?」
 一期が江雪に打ち込む隙を探しながらも、審神者の言動に耳をそばだてていた。
 審神者は自ら戦場に立って戦えるのではないかと思う程、強い。身体を動かし慣れ、体力の付いた刀剣達には流石に勝てないが、先程本人が言った通り、初めは互角かそれ以上だ。
 そして負けた刀剣を慰める振りをして近付いて脱がす、というのが常套手段なのだが。今回は一期が警戒しているので、審神者も遠慮しているようだ。
「ええ、私の時は薙刀でしたね……。女性だと思って手加減していたら、持久戦に持ち込まれたので、本気を出させてもらいました」
 一期は背筋が凍った。江雪が本気を出す所は、戦場以外で見たくないものナンバーツーだろう。
「いやあ、あの時の江雪は怖かった! 寸止めされなかったら死んでたな」
 一方で審神者は楽しそうだ。江雪は、こうやって好きな事をやって笑っている審神者が好きだった。
「隙あり」
 一期の木刀が、一瞬だがよそ見をした江雪の脇腹に軽く触れる。江雪はフッと微笑んで、構えていた木刀を下ろした。
「やられましたね……」
「じゃあそろそろ上がるかー」
 審神者が道着の胸元をはしたなく大きく広げて風を通している。中にもう一枚シャツを着ているからだが。
「あ、そうそう」
 更衣室の方へ歩き出していた審神者は、まだ床に突っ伏している鶴丸に追い打ちをかける。
「私に勝つまでは出陣はお預けだから」
「私も、上がりますね」
「……いち……」
 残された鶴丸は、優しく見守ってくれている一期に縋り付く。
「どうすれば奴に勝てるんだ……?」
「これからトレーニングしましょうか」
(まったく、主は闘争心を煽るのがお上手で……)
 数日後には、主要な戦力となる鶴丸国永になっているだろう。

「今日は、煩く言わないんですね」
「何を?」
 更衣室の扉に手をかけた審神者を、江雪が引き留めた。
「一期一振が居るからですか?」
 鶴丸を脱がさなくて良いのか、という意味か。
「何も急いで見る必要がある訳ではないからな」
 いつもは形振り構わぬ審神者らしくない発言だ。
 引き戸を開けようとしたが、江雪の手が扉を押さえて止めた。背中から漂う彼の体温と匂いに、審神者は心臓が高鳴る。
「私の事は、良いんですか?」
「お前の方から言うか……余裕が無いな」
「……ええ」
(余裕が無いのは、貴方の方です)
「……そうだ」
 審神者が振り向いた。江雪は手を離す。
「お前がねだっていたものの話なんだけど、色々調べてみた」
「はい」
「知り合いの審神者の知見では、その肉体を私の所有物にする事は簡単だろうと。……ところでお前は人間になりたいのか?」
「……ええ、そうです……」
「なら、他にも希望を出している奴が居るらしいから、政府の方もちゃんと籍を作るとか対応は考えているらしい」
 精神を持った生物の肉体を意に反して奪ったり、強制的に拘束し働かせる事は違法だ。付喪神の分霊とはいえ、刀剣達が自由を望み、かつ人間の肉体も失いたくないと訴えるならば、政府は対処せざるを得ない。移植用に回したり、ただの物として扱って良いのは、魂の宿らない人形だけである。
「問題は、お前の本体が、お前が独立した存在になる事を許すかどうかだ」
「……そうですか……」
 江雪は安堵した。それは恐らく大丈夫だろう。自分は、例えそれが自分の分霊の我儘であろうとも、有無を言わさず退ける様な事はしないと信じている。
「結局……誉は幾つ集めれば良いのです?」
「幾つでも構わんよ。誉との交換、という形にしてしまうと、結局それは強制労働だと指摘された」
 解放を望む者には、法整備が整い次第、須らく自由を与えなければならない。
「ならば……」
 江雪の手が審神者の手に伸びた。薄い手の甲を、長く骨ばった指が撫でる。
(貴方が、審神者を辞めて現世に戻る時に……)
「江雪?」
 審神者がはにかんでいる。江雪は手を下ろした。
「……いえ、急ぎません。その気が向いたら、という事にしてください」

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