宇宙混沌
Eyecatch

第8章:気になって仕方がない [2/5]

気になって仕方がない

 翌日、格技室。審神者は鶴丸に一対一でレクチャーしながら軽く身体を動かしてやるつもりだった。新入りを早速実戦に出さねばならぬ程、この本丸の戦力は逼迫していない。
「……江雪、洗濯物は?」
 いつもの道着に着替えた審神者の隣に、同じく道着姿の江雪が立ち、鶴丸を警戒していた。
「全部、干し終わりましたよ……」
「……一期、風呂掃除……」
「朝餉の前に済ませておきました」
 鶴丸の隣ではジャージ姿の一期が審神者を威圧している。
「……なら、良いけど……」
 なんだこの構図。二人を呼んだ覚えは無いんだが。
 鶴丸も不思議そうに、金色の目をぱちくりさせて苦笑していた。

「しかし、転送装置の仕組みについては私も興味があります」
 鶴丸と審神者、一期と江雪で組んでストレッチをしながら、一期が言った。
「うおお!? お前身体柔らかいな!?」
 一期の言葉を無視した訳ではないが、鶴丸の背を押して開脚前屈をさせた審神者は驚く。脚がほぼ百八十度開いている上に胸が床に付きそうなほど倒れられるとは。
「驚いたか」
 その向かいで江雪は百二十度くらいしか脚が開いていないし、全然倒れられていない。
「転送装置の仕組みね……一応、仕様は極秘なんだが、お前達口が固そうだし、良いか」
 審神者はストレッチを続けながら話し出す。
「あの転送装置は二つの機能を持ってる。一つは空間方向の光速を超えた移動、もう一つは時間軸方向の移動。お前達が出陣する時はその両方を、現世と行ったり来たりする時は前者だけを行っている」
 本丸は一般人が生活する場所からは隔離されているが、過去や未来ではなく、現世と同じ時を刻んでいる。
「その二つは、どう違うのです?」
「理論上同じと言えば同じかもな。ただ、実装上の違いがある。時間軸方向の移動の場合は、過去に転送装置は無いから」
「おいおい、じゃあどうやって此処に戻ってくるんだ?」
「安心しろ」
 審神者は鶴丸の首の後ろを指で叩く。三人が首を傾げた。
「お前達には予め、転送装置が体内に埋め込まれてる」
 瞬間移動、とは言え、光速を超えて通常の物体が移動出来ない事は、三百年も前にかのアインシュタインの研究によって発見されている。時間を逆行する事が不可能である事も然り、古典的な物理学の基礎となる法則だ。
 それを打ち破る形で行う、過去や空間的に離れた位置への転送、それは一般人が考える物の「移動」とは全く異なる概念だ。
「実はあの転送装置がやり取りしているのは『情報』なんだ」
「情報……ですか……」
 一期に強く押されて呻きながら、江雪が呟く。一期は「これは失礼」と手を離した。
「詳しい原理は理解出来ないだろうから省くが、まあ簡単に言うと転送装置は物体や霊体を量子的な情報にまで分解して、別の場所で組み立て直してるだけなんだ。古典化した物体は光速や因果律の縛りを超えられないけど、量子情報は超えられる」
 その情報を転送装置が無い過去でも自動的に再構築し、帰還の際に再分解するようプログラムされた情報が、刀剣男士達の体内に埋め込まれている。これが無い審神者は、転送装置間の移動は可能だが、それ以外の場所への移動は出来ない。
 刀剣男士以外が過って転送装置の無い場所に飛ばされないよう、安全の為の転送中止プログラムが組まれている。それが審神者がコーディングを担当していた部分であり、この前の誤作動はこのセキュリティ装置のバグである。
「何だか難しいな」
「そうかい?」
 審神者は鶴丸と場所を交代する。江雪と一期もだ。科学技術について語る審神者の顔は心底楽しそうで、江雪はホッとした。
 このまま、彼女が立ち直ってくれたら……。
 審神者は江雪の視線には気付かず、鶴丸に押されるまでもなく自分で前屈する。審神者も鶴丸に負けず劣らず柔らかい。審神者の声が床に反射して鶴丸の耳に届く。
「鶴丸はてっきり何もかも承知の上でテストしてたんじゃないのか?」
「何の話だ?」
「転送装置のテストだよ。生体に埋め込んだ装置による自動エンコード・デコードは私の同期が担当してた。そいつは鶴丸国永の試作品[プロトタイプ]と精神でテストしてて、今もそのままそいつを連れて歩いてるが」
 言うまでもなくエンの事である。
「去年くらいに何度か喚び出されなかったか?」
 ああ、と鶴丸は手を叩いた。
「確かに、計画の準備に必要だから協力してくれって政府の方から頼まれたな。いちが断ったから俺の方に回ってきたとか何とか……」
「流石に恐ろしかったのです。お許しください」
 一期は身体を曲げられる痛みに顔を顰めながら笑う。審神者達も責めるつもりはない。
「さて、そろそろやるか」
 身を起こすと、審神者は準備していた木の棒を取る。鶴丸には木刀を渡した。杖術で相手をするつもりか。
「危険ではありませんか?」
 江雪と一期も木刀で稽古をする。しかし、慣れている二人とは違って、鶴丸は上手く寸止めが出来ないかもしれない。
「舐めるなよ」
 審神者は自信有りげにニヤリと笑う。江雪は退いたが、一期は内心気が気でなかった。
(お願いですからお怪我をさせないでくださいね鶴丸殿……)
 させたら鶴丸が怪我で済まない。江雪が怒り狂う所など、戦場以外で見たくないものナンバーワンと言っても過言ではない。
(まあ、その心配は無用でしょうが……)
 一期は自分が最初に稽古をつけられた時の事を思い出し、木刀を握り直した。

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