宇宙混沌
Eyecatch

第4章:彼の部屋 [3/6]

「コウ……」
 服を着替えていた小夜は、うつ伏せに寝ていた長兄の声に振り返った。料理当番の次兄はとっくに起き出して厨に行った様だ。
(兄様が寝言なんて珍しい……「コウ」?)
 袈裟を身に纏っていると、襖が少しだけ開かれる。
「誰か起きてる?」
「主」
 小夜はその隙間を広げて審神者を中に入れる。審神者はまだ夢の中の江雪を見て、少し考え込んだ。
「ちょっと急に政府から本能寺に出てくれって頼まれちゃって」
 かなり急ぎの司令だったのか、審神者もまだ、色気ゼロの男女兼用パジャマという出で立ちだ。
「この人寝起き大丈夫?」
「宗三兄さまよりはずっと大人しいよ」
 寝起きが悪い刀剣はごまんと居る。安定なんか寝惚けて斬りかかってきた事もあるので、審神者は何かを学習していた。
「僕は行かなくて良いの?」
「第一部隊に行かせる。鯰尾が病み上がりだからその枠を探してるだけなんだ」
 先日の風呂場でのどんちゃん騒ぎで身体を冷やしたのか、彼は発熱の為暫く寝込んでいたのだった。
 朝食を摂りに行く小夜を見送り、審神者はどうやって起こそうかと考える。普通に起こすだけというのは面白くない。此処の審神者は少し某驚きじじいの様なフシがある。この本丸にまだ鶴丸は居ないが。
 江雪は枕に頬を埋め、幸せそうな表情をしている。何か楽しい夢でも見ているのだろうか、それを彼の嫌いな出陣の為に中断するのは申し訳無いが、仕事は仕事だ。
「江雪」
 呼んでみたが反応は無い。ふと、長い髪と襦袢の襟の隙間から見えるうなじに目が行った。
「江雪」
 もう一度呼びながら、そっとその肌に触れる。審神者の方が体温が低いので、冷たいだろう。
 江雪は唸りながら少し首をもたげ、目を開く。審神者の顔が彼の視界を満たした。
「コ……がっ!」
 最初の一音が出た段階で、危機感を察知した審神者は江雪の枕を引き抜く。鼻から布団に顔をぶつけた江雪は奇声を上げた。
「あーマジ洒落にならん怖い怖い」
「すみません……」
 寝惚けているとはいえ、審神者の真名を呼べば神隠し一直線だ。すっかり目が覚めた江雪は詫びながら身を起こした。
「やっぱり覚えてたか」
 審神者は枕を返す。江雪は気崩れた襦袢を正した。
「すみません……」
「いや、忘れようと思って忘れられるもんでもないだろ。気を付けてくれ」
「はい……」
 というか今折角胸元肌蹴てたのに神隠し対策に気を取られて胸板拝めなかったじゃないかちくしょー、と審神者は内心悪態をついたが、気を取り直して本題へ。
「ところで、非番の所悪いが今日出陣してほしい」
「粟田口短刀のお守りですか?」
「いやいやガチ。緊急指令、本能寺に現れる歴史改変部隊を制圧せよ」
「そうですか……解りました」
 給与が少なくても仕事が少ない方を好むのに、今日はやけに承諾するのが早いなと思ったが、そういえば彼は誉を集めていたのだったと思い出す。
「清光の部隊に入ってくれ」
「はい」
 江雪は布団から這い出し、半着を羽織る。
「……無茶して折れるなよ?」
 江雪の布団に座り込んで、審神者が言う。
 緊急の指令なんて滅多に無い。政府はかなり早くから相手の動きを掴んでおり、各本丸にシフト制で出陣のタイミングを振り分けている。希望する出陣頻度や、実際の部隊編成は審神者の采配する領域であるが、それらを無視して突然指令が下るという事は、不測の事態が起こっているのだ。
 江雪は袴を履いて袈裟に手を伸ばす。
「折れても、また喚んでいただけるのでしょう?」
 審神者は苦笑した。
「でもそれは、今此処に居る江雪じゃない」
 分霊が宿る刀が折れると、分霊は本体の元に霊的なエネルギーの形で戻る事となる。それは最早、分霊として独立して行動していた間の、記憶を含めた一切の情報を失っている。再び江雪を鍛刀出来たとしても、新しい江雪は今目の前にいる江雪とは違う江雪なのだ。
「……昨日は申し訳ありませんでした」
 服を着終わった江雪が振り返る。審神者は先の方で絡んでいる髪を梳いてやる為に腰を上げる。
「いや、構わん。事実だ」
 ほつれが取れた事を確認すると、江雪は審神者から離れた。審神者が名残惜しそうに袴の裾を軽く摘んだが、それは滑らかに指の間から滑り抜ける。
 江雪は刀を手に取った。
「では、朝餉が済んだら行って参ります」
 審神者はその背を見送り、呟いた。
「まったく……嫌な事実だよ」

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