宇宙混沌
Eyecatch

第5章:厨にて [6/8]

厨にて

 審神者が本丸に帰って来たのは、日もとっくに暮れた宵の頃だった。前田も流石に疲れた様子で、解散を言い渡すといそいそと自分の部屋へ戻って行く。
「お待ちしておりました」
 執務室では審神者の机の前に座った一期が笑顔で出迎えてくれる。
「お疲れでしょう。本日はもうお休みください」
「そうする」
 一期が簡潔に今日のレポートを読み上げた。やはり江雪が誉を取ったか。
「前田は良い子にしておりましたか?」
「仕事の手が離せんでな、放ったらかしてしまって悪い事をした。知り合いの所の鶴丸が面倒を見てくれていたようだが」
「鶴丸殿ですか」
 一期と鶴丸は本体同士が知り合いだ。
「一期ももう上がりな」
 執務室の電灯を消す。一期は軽く頭を下げて自分の部屋へと戻って行った。審神者は厨へと向かう。食事は済ませてきたが、もしかしたら宗三と歌仙が待っているかもしれない。
 厨には誰も居なかった。冷蔵庫を覗くと、二人分の夕飯とメモが入っている。これは明日の朝食べよう。明朝の食事は不要だと別の紙に記して冷蔵庫に貼り、外に出ようとした所で何やら分厚い布に視界を遮られる。
「江雪」
 江雪が柱に左手を突いて、出口を塞ぐようにして立っていた。月明かりが彼の白髪を照らして、オーラか何かが周囲に漂っている様に見える。
「ご苦労だったな。誉の数の……」
「今日は何用で現世へ戻られていたのですか」
 労う審神者の言葉を遮る。審神者は俯いた。
「……何でも良いだろう」
「いいえ」
 江雪の右側の僅かな隙間から出て行こうとしたが、まだ武具を付けたままの右腕がそれを阻む。
「一期一振にも清光にも要件をお伝えしていない様ですが」
 審神者は自分の手をその腕の上に置き、言おうかどうか迷った。しかし、江雪の言葉が響く。
『やりたい事をやっていませんね』
 自分の何もかもを見透かしたその言葉。言えば、言葉だけではなく行動でもその事実を認め、そこから抜け出せない己を認める事になる。
「……私にもプライベートというものはあるんだが?」
 気付けばそう誤魔化していた。
「私達を規定外の時間に出陣させておいて」
 江雪が腕に力を込め、審神者を厨の中に押し込んだ。左手で引き戸を閉め、厨の中は殆ど真っ暗になる。窓から差し込む光芒は二人を避けている為、互いの顔すら確認出来ない。
(今回は何にお怒りなんだ?)
 江雪は怒りを顕にする時、大抵本心とは違った点に怒っているフリをする。きっと時間外労働に怒っている訳ではない。
「主」
 江雪の両手が審神者の肩に伸びた。そこで、暗い密室、しかもこの時間帯は誰も寄り付かない離れの一角に二人きりだという事実に気が付く。
(うおっとマジか)
 江雪の手が重い。心の準備が何も出来ていない審神者は後退ったが、反対側の壁に背が触れた時点で意を決する。
(もうなんとでもなれ……!)
 江雪の息遣いが近付いて来た気配がした。表情等見えない程暗いのだが、審神者はギュッと目を閉じる。
 数秒後、胸の辺りに固い物がぶつかった。驚いた審神者が目を開いてキョロキョロしていると、江雪の手が肩から腕へと滑り落ちる。
「江雪?」
 呻きの様な声だけが返ってきた。良く見えないが、江雪が自分に寄りかかってなんとか倒れずに済んでいるのは判る。
「江雪? どうしたんだよ!?」

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