宇宙混沌
Eyecatch

第5章:厨にて [5/8]

「肉体って買い取れると思う?」
 十分後、一区切りついてお茶とサンドイッチを手に休憩室に現れたコウの第一声に、穂村は咀嚼していたおにぎりを喉に詰めかけた。
「刀剣男士の傀儡の事?」
 お茶で何とか流し込み、掠れた声で確認する。コウは頷いた。
「お金さえあれば何とかなるんじゃない?」
 幾ら文明が進んでも、無から有は作り出せない。鍛刀の際、刀身を形作る為の鋼は必要だし、それは傀儡に関しても同じだ。
 但し、此方は生体で本丸に長期保存出来ない為、鍛刀時に何の付喪神が現れるか判明してから、専用の転送装置で本丸へと送られてくる。傀儡の肉体と付喪神の精神を結び付けるのは審神者の役目だが、各刀剣にどんな肉体や衣装を割り当てて送るかは、予め政府によって決められているようで、預かり知る所ではない。しかし確か、付喪神が見える霊能者の見た姿を元に似せて作っている筈である。
「所詮は善意の提供者の遺伝子を組み替えて作ったクローン人形だし、終わったら廃棄されるか移植用になるだろうから」
 二百年前なら倫理的な問題で大論争が起こりそうだが、この時代にはもうそのフェーズは終わっている。長らく疑似科学扱いされてきたタイムマシンが実用化されている時代なのだから、イデオロギーだって変化していて然るべきである。
「或いは、修復不可能な欠損しましたって嘘ついて、新しい肉体送ってもらうとか」
 怪我が全身に及んでいたり、修復に数日かかるような場合は一度意識を刀身本体に戻し、肉体のみをもっと大きな水槽に丸ごと放り込む。それでも修復出来そうにない場合は、政府に頼んで新しい肉体を送ってもらい、刀身に宿る精神を結び付け直す事も出来るのだ。審神者の元にある付喪神である以上、刀剣男士はその意思や記憶を失わないという意味で不死身である。
 尤も、肉体が戦闘不能になった時点で敵に刀身も折られる事が殆どだが。
「歩くウィ○ペ○ィアみたいだな」
 淡々と答えた穂村をそう例える。
「それ褒めてる……よね?」
 おにぎりを食べ終わり、穂村はデザートのプリンに手を伸ばす。
「問題は、精神の方だと思うよ」
 肉体は意思を持って動き、自ら食事や排泄を行わなければ生命維持装置無しでは生命活動を行えない。しかし、その精神は一体どこから持って来れば良い?
「寝たきりの人形が欲しい訳じゃないんでしょ?」
「……どういう意図かは解らん」
「?」
「ある刀剣に『死する躰』が欲しいと言われてな」
『死する躰を』
 あの時江雪は、ただそれだけを口にした。
「……またまた。それ、『人間になりたい』って意味だよ」
「穂村もそう思うか」
 コウは二つ目のサンドイッチの袋を開ける。
 聞いた事はあった。喚び出された刀剣の中には、人の肉体や生活を気に入り、刀解を拒んだり本体の付喪神から独立した存在になる事を望む者も居る、と。
「付喪神の本体と分霊とで合意が取れれば独立した精神体になれるっていう話は聴いた事があるよ、真偽の程はさておき。しかし、『死する躰』か……。色んな噂を聴いたけど、死ぬ事前提で話を持ちかけた奴の話は初めてだ」
 穂村は横目でコウを見る。彼女は理解しているのかしていないのか。
 ただ死んでみたいだけではないだろう。死ぬという事は、生きるという事だ。
 その刀剣は、何の為に生きようとしている?
「コウちゃん、終わったら晩御飯一緒に食べようよ」
「まだ昼飯食ってるのにもう晩飯の話題かよ。良いけど」
(きっと気付いていないね。それともそういうフリなのかな)
 自分に向けられている好意に対して、淡白な態度を返すのは。

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