第6話:鯰尾藤四郎は歪みない [5/5]
大倶利伽羅はかれこれ小一時間、審神者の部屋の前でウロウロしていた。
先日小夜に夜の誘い方を教えてもらったは良いが、なかなか実行に移せないでいたのだ。今日は一期は出陣、光忠は遠征。抜け駆けするなら今がチャンスなのだが、踏ん切りが付かずに一期同様、部屋の近くを掃除の合間にうろちょろうろちょろしている次第である。
「あああ気が散る! 用があるならさっさと済ませろ!」
しかし大倶利伽羅は名札の効用に気付いておらず、審神者に彼が近辺を行ったり来たりしている事はバレバレだった。障子を勢い良く開け、縁側の端に立っていた大倶利伽羅に怒鳴る。
見つかってしまったからには致し方ない。腹を括った大倶利伽羅は部屋の前で跪き、審神者の手を取った。
「今夜……」
「却下」
握られて居ない方の手に持っていた札を大倶利伽羅の顔の前に掲げる。大倶利伽羅の霊力を札が撥ね付け、霊力と結び付いている腰の刀剣が庭の方へと押しやられる。腰にしっかり固定されていたそれは大倶利伽羅の体さえも庭へと転げ落とした。
大倶利伽羅が打ち付けた腰を押さえている間に、審神者は「かしゅー! 助けろ痴漢が居る!」と叫びながら忠実な配下を探して駆けて行った。
「駄目だったみたいですね……」
その様子を見ていたのか、手に雑巾を持った小夜が廊下の陰から姿を見せた。大倶利伽羅の腰巻きに付いた土を払い落とす。
「話くらい聞いてくれても良いだろう……」
そう言う大倶利伽羅に、その言葉をそっくりそのまま返したい衝動を抑える。審神者の話を聴こうとしていないのは、刀剣達の方じゃないだろうか。
「掃除は終わったんですか?」
「ああ。……にっかり青江は寝てるのか?」
「そうみたいです。今朝、石切丸さんが何処かから運んで来ました」
「?」
青江は昨夜から行方不明になっていた。この本丸からは転送装置を使わなければ出る事が出来ないが、使用履歴から少なくとも本丸内の何処かに居るのだろうと誰も気に留めていなかったのだ。本丸内には危険な場所は無いし、青江の気まぐれはいつもの事だし。
「石切丸の部屋に居たのか?」
「だったら、僕の部屋の前は通らないよね……」
左文字の部屋と三条の部屋で、青江の部屋を挟んでいる位置関係だ。とすると、一体何処から。
「死んでるみたいだった」
「死……!?」
「言葉のあやです。二人で何か話してたから生きてます。ただ、何か他の力に侵食されて、青江本来の力が感じ取れないくらいだった」
「付喪の霊力を凌ぐ力? それは……」
小夜は頷く。
「『神力』……状況からして石切丸さんのじゃありません。考えられるとしたら、この前来た太郎太刀と……」
審神者。
小夜は大倶利伽羅の目を真っ直ぐ見る。大倶利伽羅もその吊り目を見詰め返した。
「……解った。諦める」
「その方が良い」
大倶利伽羅は小夜の体を抱え上げる。水場に向かいながら、言った。
「俺がどうして奴に惹かれたのかも、それか」
恋などでは、なかったのか。
「燭台切さん達にも知らせないと。あんまり角が立たない様に」
果たしてそれだけで安全だろうか。不安だったが、当の審神者が隠しているのなら、道具である彼等に口出しする権利は無い。
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