第6話:鯰尾藤四郎は歪みない [4/5]
「馬糞は嫌いな奴に投げるー!!」
鯰尾は本丸の塀に向かってシャベルで馬糞を投げ付けていた。骨喰は馬に餌をやりながら、呆れ顔で言う。
「後でちゃんと掃除するんだろうな?」
「する!」
先に仕事を片付けてほしいのだが、彼の心が読めている骨喰はそっとしておいた。
鯰尾は、前の主に恋心を抱いていたのだ。
(セクハラする前の主にセクハラ仕返したり結界に額をくっつけて審神者の浴室を覗き見ようとしたり……)
骨喰はその様子を愛おしそうに思い返しているが、ハッキリ言って性犯罪臭が凄い。一期に言わせれば「前の主の影響」で済まされそうだが。まあ実際鯰尾よりも前審神者の方が変態度は高かった。
とにかく、鯰尾は前の審神者の事が好きだった。好きだからこそ、江雪を選んだ彼女に想いの丈を伝える事は出来なかったし、伝えるつもりも無かった。全て自分で考えて、納得して、審神者を現世に送り返したあの日も、「二人共お幸せに」と笑顔で言った言葉に嘘なんか込めていない。
鯰尾が腹を立てているのは、前の審神者の事なんか忘れてしまったかの様に、新しい審神者に夢中になっている兄や他の刀剣達だ。
「いち兄も、前の主の事を忘れた訳ではないと思う」
そろそろ手伝ってくれ、と肩を叩いた。鯰尾はシャベルから馬糞を振り落とし、作業に戻る。
「俺も寂しい」
鯰尾は共にこの気持ちを共有してくれる者を求めているのだ。骨喰の言葉にも嘘は無い。誰も自分を顕現させてくれた主の事など忘れていないし、かしましい女性ではなく引き籠もり気味の男性になってからは、賑やかさも華やかさもこの本丸から失われた気がする。
しかしだからこそ、皆はあの審神者に惹かれる。ただでさえあんな力を見せつけられたというのに……。
「骨喰は前の主に似てるね」
「ん?」
黙々と作業していたら突然そう言われた。苦笑する鯰尾がニィっと歯を見せる。
「背も同じくらいだしさ。髪も黒くしてもうちょっと梳けば、後ろ姿そっくり」
「そうか?」
鯰尾は軍手を外し、骨喰に向こうを向かせる。髪がかかりそうな肩に手を置き、細めだが確かに男の物である首筋に自分の頭を預けた。
「……妬んじゃ駄目だよね……。江雪さんが一番、主に触れる事は避けていたんだし」
手に入らなかった温もりを焦がれたって仕方が無い。鯰尾は千年の時をかける刀の力を失いたくなかったし、失ったとてそれが理由で江雪が選ばれた訳ではない。
「……なま」
「おーい馬は終わったか……」
骨喰が口を開いたのと、畑仕事をしていた和泉守が厩を覗き込んだのは同時だった。固まった和泉守の脇から、堀川がひょこっと顔を出す。
「お邪魔したみたいだね! それじゃっ」
「待て、全然終わってないから手伝って……」
骨喰が呼び止めようとしたが、既に二人は建物の中へ。未だ寄りかかったままの鯰尾の手を叩いた。
「誤解されてしまった」
「別に良いじゃない。あの二人もデキてるし」
「そういう問題か……?」
鯰尾の手が下り、腰にしがみつく。骨喰は優しく諭した。
「喪失感は……時が埋めてくれる」
失ってしまった数百年分の記憶を想いながら。
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