第6話:鯰尾藤四郎は歪みない [2/5]
「泣いているのかい?」
審神者の布団に寝かされた青江が尋ねた。
「僕の事なら気にしなくて良い。すっかり冷めてると思うけど、夕餉は食べた方が良いよ」
その力とは関係無く、体力は消耗するからねえ、この行為、と青江は笑う。
素直に箸を取ったが、審神者はなかなか食事を始める事が出来なかった。
行為の後に泣くのは初めてだった。それは、いつもは自分だけに向いている憐れみが、今日は相手にも向かっていたからかもしれない。
「君の考えてる事、当ててあげようか?」
最早指一本も動かす余裕が無いくせに、青江は口だけは達者だ。
「こうやって、僕が神剣になれれば良いのにねえ」
それきり、青江は黙る。暫くすると寝息が聴こえてきた。審神者は冷たくなった夕餉を、結界の向こう側の生活音を聴きながら掻きこんだ。
夜遅くに審神者が食器を返しに行くと、厨に灯りが点いていて驚いた。
驚いたのは厨に居た小夜も同じだった。慌てて読んでいた本を置く。
「洗うよ」
「待ってたのか」
そう言えば先週も彼が待っていた。審神者が気遣いは不要だと伝えると、小夜は首を横に振る。
「良いんだ。自分の部屋より、此処が落ち着くから」
「それは……江雪の刀があるからか?」
小夜は黙って肯定する。慣れた手付きで食器を洗い、手を拭きながら台から跳び降りた。
「あと宗三兄さまが出たり入ったり忙しないから」
審神者はテーブルに置かれた本のタイトルを見る。驚いたことに英語だった。
「江雪兄さまが勉強してたんだ、英語」
「ほう? 奇特だな」
「前の主が英語でメモとかよく取ってたしね……。江雪兄さまは数学もやってたよ」
僕は部屋に戻るよ、と言うので、審神者も後に続く。
「もう、落ち着いたか?」
「ああ。今も江雪兄さまを慕う気持ちは変わらないけど、だからといって何かやらかす気は無いよ」
小夜は名札を審神者に示した。
「これは、心配ならずっと着けておくけど」
審神者は溜息を吐いた。やっぱりお見通しだったか。
「悪いな。政府からの命令なもんで」
「解ってる。本来なら僕は刀解処分だもんね。甘んじて受けるよ」
小夜と共に母屋へ。小夜が自室の障子を開け、それじゃ、と審神者が挨拶した。
「待って」
小夜は暗い部屋の中を進み、江雪の刀を手に取って戻って来た。
「僕にはもう必要無い。それにもう、江雪兄さまが宿っている訳じゃないから」
「……そうか」
元の持ち主に返すか、と審神者は受け取る。小夜はこう付け加えた。
「僕よりも宗三兄さまを気遣ってあげて」
「宗三を? あいつはあいつでストレス発散してんじゃ?」
小夜は首を横に振る。
「宗三兄さまは、本音を言わない人だから」
「長谷部」
宗三は上半身裸のまま、障子の隙間から見える月を見ていた。
「何がいけなかったんだと思う?」
背を向けて寝そべっている長谷部は答えない。
「ねえ」
「知るか」
冷たい一言。それしか返してくれないからこそ、宗三は彼に本音を漏らせた。
自分に媚を売る者には決して、本心を悟られてはいけない。
そしてそうしない者は、兄を除いてはこの長谷部だけ。
「冷たいね」
あの兄の氷の様な髪や瞳とどちらが寒々しいだろうと考えていると、兄と同じく自分よりも高い温度の手が、宗三の身体を引き寄せた。
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