「ねえねえお兄さん」
俺は突然男に声を掛けられて、驚きつつも視線をスマホから外した。待ち合わせの時間にはまだ早いし、第一、俺が待っているのは女の子だ。
「どっかの事務所入ってる? もしまだなんだったらさあ、うちでモデルとかやってみない?」
「結構っす」
差し出された名刺を受け取らずに一歩下がる。声をかけてきた男の心情が、嫌でも流れ込んできた。
『芸能界に興味無いとか調子こいてんなこいつ。にしても、絶対売れる顔してんのに……』
執念の欠片を感じ取り、冷や汗が背筋を滴り落ちた。逃げようとした時、待っていた声が耳に入る。
「かず君! ごめん、待った?」
「全然」
今日のデートの相手の肩を抱き、スカウトを取り残してその場から離れる。ホッとした途端、今度は彼女の思考が。
『今日はメイクもボディケアも下着も決めてきたし! かず君彼女は作らない主義らしいけどこれならいけるっしょ!?』
俺は心の耳を塞いだ。何も初めての事じゃない。
自分に近付く人間は皆、自分の顔や身体や頭脳が目当てだ。例外無く、人間は私欲に溢れている。
「ねえねえ、今日は何処連れてってくれるの?」
頭一つ分低い位置から、甘ったるい香水の匂いと共に、期待を込めた眼差し。俺は、顔を強張らせる事すら諦めていた。
「何処にでも」
そっちがその気なら、こっちだってそのつもりで相手をするだけだ。