骨喰は、斬る振りをしただけで骨まで砕けると云われた名刀だ。骨喰は鯰尾の憧れだった。薙刀として生まれた時から、ずっと。
大坂城が落城する時、骨喰は行方不明になった。そのまま鯰尾達は戦火に焼かれ、刀身を傷め記憶の一部を失った。再刃されても、失った記憶は戻って来なかった。
残った記憶の中で一番大きな体積を占めていたのが、骨喰の事だった。兄弟は今、何処に居るのだろう。またあの強く鋭い切れ味の、美しい刀身を見る事が出来るだろうか。傷を負った自分を、優しく抱き留めて慰め、失った想い出を補填してくれやしないだろうか。
あれから数百年、いつかまた逢えるだろうかと、期待と不安の間で長い時を過ごしてきた鯰尾にとって、この本丸に骨喰が居るという知らせは、どれ程嬉しかったか。
『兄弟』
しかし、本丸で初めてそう呼ばれた時、鯰尾は喉まで出かかった失望の叫びを、羽織の裾を握り締めてなんとか押さえ込む事しか出来なかった。
…そんな呼ばれ方、された事が無かった。
どうして。どうして。胸倉を掴んで問い詰めて悲しみをぶち撒けたい衝動を抑える為に、下らない言葉を紡いだ。
どうして昔のままで居てくれなかったんだ、骨喰。お前はあの苦しみを受けずに済んだと思っていたのに、自分のものよりも酷い傷痕が鯰尾の脳裏に焼き付く。
「どうして…」
理由ははっきり解っている。江戸の大火。修正する事の許されない歴史。
もう、かつての骨喰は何処にも居ない。かつての二人の想い出諸共、炎に焼き尽くされてしまった。
しかし、戻って来ないものは、諦めるしか仕方ないのだ。
『過去なんか振り返ってやりませんよ!』
そう自分に言い聞かせながらも、鯰尾は記憶の中の骨喰と、今目の前に居る骨喰との違いや共通点を見つける度に、苦しんでいた。
特に戦場での骨喰は、一番かつての面影を残していた。骨を喰む様な勢いで繰り出される彼の刀身。
それを見る度、かつての彼に逢いたい気持ちが抑え切れなくなる。そして、彼の想い出に溺れる為に、今の骨喰の身体に溺れるのだった。