宇宙混沌
Eyecatch

第6章:過去 [4/6]

 初日に見たあの弱い鯰尾は、表面上は居なくなった。
 それが元からの性格なのか、自分の為に言っているのかは判らない。ただ、彼は「過去なんて…」と口癖の様にしょっちゅう言っていた。
(そう言いながら、お前が見ているのは過去の俺なんだろ)
 仰け反って嬌声を唇から漏らしている鯰尾を見詰める。
(…どんなだったんだ? 兄弟…)
 鯰尾は決して、かつて一緒に居た時の事を語らなかった。骨喰は史実ならとうに知っている、という事を鯰尾は知っている。今更何があったか等、語る意味も無いと思っているのだろうか。
 骨喰は、そうではないと思っていた。鯰尾は、受け入れたくないのだ。
 自分はかつての自分と同一だとは到底思えない程、変わってしまったのだろう。だから、自分がかつての骨喰と同じ者である事、かつての骨喰が失われてしまった事を認めたくない、のだと思う。
 鯰尾はかつての自分に逢える事を期待していたのだ。きっと、大火に焼かれる前の自分なら、鯰尾が失ってしまった鯰尾自身だって覚えていたに違いない。鯰尾は他の誰かの記憶にしがみついて、自分が何たるかを思い出したかったのだ。
(すまない、兄弟…)
 その事に気付いて、初めて昔の記憶が恋しくなった。自分の為ではなく、鯰尾の為に。
 しかし…過去にしがみつくばかりでは、先へは進めない事も承知している。
「痛って!」
 骨喰は体勢を変え、前のめりになった鯰尾の額に頭突きを食らわせた。鯰尾が痛みに呻いている間に彼から自身を抜くと、鯰尾を布団の上に落とした。近くに用意しておいた手拭いで中途半端に昂った神経を鎮める。
「あー! 何一人でイッてんの!?」
 他人の事は言えないと思うのだが、鯰尾は不満を漏らす。絡んだ長い髪が彼の頭の動きに合わせて揺れ、一糸纏わぬ背中の傷が露わになる。
「眠い。寝かせてもらおうか」
 骨喰は目を逸らし、有無を言わさず自分が脱ぎ捨てたパジャマを拾う。衝立の向こうに戻った彼が服を着る音を聴きながら、鯰尾も浴衣を羽織った。
「骨喰」
「何だ?」
「…怒った?」
「別に」
 ただ、今日は疲れているのだ。いつもなら、鯰尾が束の間の夢を見る事を最後まで手伝ってやるのだが、山伏が奇襲されたり、気を緩めていられない状況でもある。休める時に休んでおかなければ。
 それは部隊長を任されている鯰尾も良く解っていた。ただ、その理解と冷静さを明日も維持する自信が無い。明日一日、正気で居る為に、今夜も、かつての骨喰の姿を見たい。もう、自分の心の中にしか存在しない彼に。
「…お休み」
 衝立の向こう側からそう聴こえた。布団に潜り込む音。鯰尾は「お休み」と返して、諦めると部屋の外へ出た。

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