宇宙混沌
Eyecatch

第6章:過去


「熱い!! 火が…嫌だ……助けて…火が…」
 骨喰が主によって呼ばれた時、彼は夢を見ていた。意識を持った状態で現れる刀剣も居ない事は無いが、大抵、彼等は眠っている状態からその形を成していく。
 しかし、この様に喚きながら現れた刀剣は初めてだ。鍛刀の儀式を行っていた主も、近くで見守っていた小夜も驚く。主は思わず、髪の長い少年の形を成したばかりの彼に駆け寄り、抱き締めていた。
「大丈夫。それは現実じゃないの。起きて」
 骨喰は目を見開く。少しずつ焦点が合ってくる視界に、誰かの手に握られた、自分の手があった。
 まるで文様の様に火傷の痕が覆った手の甲。よく見れば、着ている羽織の袖口や、袴の裾から覗く腕や脚にも同じ様に傷がひしめいていた。自分を抱く少女が触れている、首元にも同じ様に凹凸がある事を、その感触から知る。傷の生々しさの割には、痛くも無ければ引き攣るような感覚も無い。
「落ち着いた? 貴方は何という刀なの?」
「骨喰藤四郎」
 名前は、すぐに出た。しかし、それ以外の事が切れ切れにしか思い出せない。
「薙刀…ではない。脇差になった。すまない。それしか解らない」
 名前から主は現世の者に頼んで骨喰の事を調べてくれた。本丸には既に何人か藤四郎の兄弟が居たが、骨喰は彼等の誰も覚えてはいなかったし、兄弟達も骨喰とはあまり親しくなかったのか多くは語ってもらえなかった。調査の結果に期待と不安を抱きながら主の元に向かうと、主は史実を纏めた書物を手渡した。
「貴方はね、凄い刀だったみたいよ。火事で焼けてしまったのね。貴方の夢と傷はその記憶…心の傷がね、具現化してるんだって、宗三が言ってた」
 骨喰は書物を受け取り、パラパラと捲る。秀吉…以前の主の一人だという者の名前にも聞き覚えがなかった。いや、その記憶すら炎に燃やされ消えてしまった。
「それとね、これ」
 主は机の横に積んであった荷物を指した。何やら黒い洋装の上に、灰色の手袋と、円筒状の無機質な物が置かれている。
「これは電灯と言ってね、現世で使われてる灯りなの。火は使わないから安心して。何ヶ月かしたら点かなくなっちゃうから、その時は持ってきてね」
 主はまず円筒状の物を取り上げ、机の上に載せて側面の出っ張りを押し込んだ。炎とは違う、生成り色の光が発せられる。
「骨喰の部屋はいつも暗いでしょう?」
 骨喰は炎が恐ろしかった。蝋燭が倒れて襖や障子に燃え広がったらどうしよう。何度も明かりを灯す努力はしたが、骨喰に与えられた蝋燭はまだ一本も減ってはいない。炎ではない明かりをくれただけでも有り難いのに、主はまだ何かくれる様だ。
「あとこれは洋服」
 主は明かりを受け取った骨喰の手を見て、それから羽織では隠せない喉元を見た。骨喰の身体は、顔以外の殆どの場所が火傷に覆われていた。
「その傷…見えると思い出しちゃうでしょ?」
 実際に身体に傷が付いている訳ではないので、活動する上で問題は無いのだが、自分でも見ていて気分の良い物ではない。
 荷物を持って自室に戻った骨喰は、早速電灯を点けてみた。優しい光で室内が満たされ、もう日が暮れているが、昼間の様に活動出来るようになる。
 骨喰は着ていた物を脱ぎ捨てた。洋装は初めてだが、清光がいつも着ているので身に着け方は解る。何やら幅が変化する帯の様な物は、着け方が解らなかったので放っておいた。
 シャツの前を上まで留めると、骨喰の首元の傷は完全に隠された。上着を着てボタンを留め、最後に手袋を嵌める。胸に垂れる白髪に黒が良く映えていた。身体の傷は、全て見えなくなった。
 ふと、思い付いて自らの刀身を出した。付喪神の本体、本来の姿である刀身は、彼等が必要とする時にその手に現れる。
 右手に骨喰藤四郎の本体を握り、左手で腰の下まである長い髪を掴んだ。首の横から外側に向かって刀を引く。結われていた髪は束のまま頭から離れ、手を話すとぽさ、と畳の上に落ちた。
 骨喰は姿見を見る。肩の上までの髪型になった自分が居た。見慣れないが、以前の髪型に執着は無かった。
 それに、此方の方が似合う。今この姿をしているのが、自分だ。
 もう過去には、しがみつかない。

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