宇宙混沌
Eyecatch

第4章:逆三日月


 骨喰と鯰尾は宴もたけなわとなった頃に食事の間から抜け出した。最後まで残っていると片付けを任されて面倒だ。
「おやすみー」
 程酔っていた鯰尾は布団を敷くと僅か三秒で規則正しい寝息を立て始める。骨喰も自分のスペースに寝具を用意したが、酒を飲んで逆に目が冴えてしまった様だ。暑いので、縁側に出て冷たい床板に寝転がる。
 今日の月は逆三日月だった。
 骨喰は額の上に腕を乗せ、ぼんやりと考え事をする。
「あれは…」
 誰だったのだろう。思い出せない。ただ解るのは、鯰尾の言う様に気の所為などではない事、そして自分はその者を強く慕っていたという事だ。
 鯰尾が自分を慕っていた様に。
(たが、俺は…)
 顔もはっきり思い出せない誰かを好いていた。鯰尾の気持ちに、気付かない振りをして。
 その者とは、付き合いは長い筈だが、少し離れて暮らしていた時期もあったと思う。確か秀吉の所では、刀身と付喪神の精神を少々遠ざける無理をしてでも、会いに行っていた。
 骨喰の目に細い月が映る。刹那、心臓が大きく跳ねる。
 思い出した。そうだ、あの者も三日月を瞳に宿していた。
『今剣?』
 袖で口を抑えながら笑う付喪神。
『俺の同胞[はらから]だな。それがどうかしたか?』
 白い髪の付喪神は羽織姿でその隣に腰を下ろす。
『こっちで他の刀達が噂していた。名のある奴なのか?』
 美しい付喪神は紫色の瞳を見つめ返す。袖を下ろして答えた。
『持ち主を殺して妖刀に成り下がった者だ。今、何処に居るのやら…』
『そうか』
 骨喰は今剣の事などどうでも良かった。ただ、それが彼に関係のある事ならば、一つ残らず自分の知識にしたい。
 一つ残らず。
 骨喰は彼の肩に自らの頭を預けた。彼は顔色一つ変えず、拒む事も受け入れる事もしない。
『お前もこうしてしょっちゅう本体から離れていては、その内妖刀になってしまうぞ』
『構わない』
 どうせ心配などこれっぽっちもしていないくせに、と骨喰は目を閉じる。
『お前に会う為だ、三日月』

 縁側に寝そべった骨喰の瞳に、怪しい光が宿った。身を起こして縁側の縁に座り、パジャマ越しに自らを抱き締める。
「俺はなんで、こんな事も忘れていたんだ…」
 あんなに全てを求めた相手の事を。
 彼は決して骨喰に振り向いてはくれなかった。拒みこそしなかったが、不思議な光を宿した瞳の温度が温かくなる事はなかった。
 だから骨喰は決めた。彼から情の一欠片も期待しない事に。その代わり、彼の一挙一動、全てを目に焼き付け、得られる彼の情報は余す事無く覚え込もうと。
 …なのに、全部忘れてしまった?
 骨喰は今更、自分が失ってしまったものの大きさに気が付いた。言葉にならない叫びを上げ、立ち上がる。
「あの時…」
 その首に、骨だけの蛇の様なものが巻き付いた。
「焼かれさえしなけれ…!」
 低く凄んだ声は、中途半端な所で遮られた。

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