宇宙混沌
Eyecatch

色の無い血に汚れる

 堪えていたが、口の形が歪むのを止める事など出来なかった。
 身を伝っていく生暖かい液体の温度が心地良く、つい、もっと、と求めて周囲を見渡す。斜め後方から襲いかかろうとしていた敵を見つけると、これ幸いと躊躇い無く自らを振り翳す。
 相手が倒れるのと同時に、赤が白と黒の袈裟を汚した。
 その色が更に欲情を掻き立てる。人の身体を手に入れてからは、特に下半身のあたりがぞわぞわとした。他の者に言わせれば、これは本来子を[]す為の人間の本能であり、女子に対して抱くべき感情、快楽であるらしい。実際、春画を何処からか手に入れてきて、夜な夜なその快楽に浸る刀剣も少なくない。
 しかし自分はそれでは満たされなかった。絵画等では刺激が足りないのかと泣いて嫌がる小夜や容易く誑かせた審神者を組み敷いてみたが変わらなかった。
 確かに自分はこの温度を求めているのだけれど、何かが違う。
 そのまま関係が深まって神隠しされる事を恐れたのか、審神者は急に自分を戦に出すようになった。小夜に無体を働いた事もばれているのだろう。
 そして、思い出してしまった。

「江雪…」
 全ての敵を倒した。味方以外の動く者が居なくなった荒野で、宗三が自らの刀身を取り落とす。血に汚れた手を顔に当てた。
「僕は…本当にこれを望んでいたんだろうか?」
 宗三の前に折り重なる死体。宗三は、とても飾って侍らせたいとは思えない程、泥と血に塗れて立っていた。
 戦いを求めた宗三。彼はその実情を見て、幻滅したのだ。
 致し方無い。彼は城の中で綺麗に整えられて飾られていた身。その生活に慣れれば、刀の本能など忘れ去ってしまったのだろう。
 …自分は、慣れる事など出来なかったのだが。
「それとも江雪みたいに強ければ良いのかな」
 宗三は刀身を拾い上げると、大きく一振りして血を払い、鞘に納める。自分も袴で血を拭って同じ様にした。
「貴方も、決して弱くはありませんよ」
 顔に付いた血を指で拭ってやる。彼の表情は晴れなかった。
 宗三を連れて他の仲間と合流する。宗三の様に憂いた顔をしている者は居なかった。
 そう、戦いに血を滾らせ、流した血や落とした首の数だけ恍惚の表情を浮かべる方が、刀としては正しいのだ。曲がってしまったのは宗三の方だ。
 毎度そう自分に言い聞かせているのに、それでも宗三の心が清く見えてしまうのは何故だろう。
『刀は、使われぬほうが良いのです』
 そう言って聖者の顔をしていた自分を省みる。以前の主の教え…長い間戦場から離れていた所為で、意味を履き違えて覚えていた様だ。

 争い事は起こらぬ方が良い。無駄な血を流すべきではない。

 それが本来の主の教え。だが、これには続きがある。

 相手に抜かれる前、振るわれぬように、和睦に務めるべし。
 それでもなお合意を得られない場合は、躊躇わずに此方から抜くべし。
 刀は、流される血を最少とする為になら、振るわれるべきであり、それが刀が刀たる意義である。

 それを自分は、いつしか己を、刀の存在意義を否定する様に歪めてしまったのだ。長い長い、自分が使われる事の無い時代を経て。肉を裂き骨を断ちたい欲望を抑えつけている内に。この感情に劣情と名を付けて呼ぶ内に。
 宗三の方が浄いのは真実だろう。自分は汚れたのだ。ただ興味本位と欲求不満の為に、刀としての本分を越え、弟や主に手を出した自分は。
 初めから、この身を抜いていれば誰も傷付けずに済んだだろうか。
 自分が流した血には、色の無いものもあるという事を知っていた。

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