胸の痛みと恋ときみと [5/5]
骨喰は写真の整理を終えると、鯰尾の姿が見えない事に気が付いた。確かトイレに行くと言って出て行ったきりか。
まあ、どうせ四六時中ひっついている訳ではない。鯰尾は愛想が良いし、他の部屋を訪ねて遊んでいるのだろう、と思って放っておいた。しかし、長時間やっていたのもあって自分も催したようだ。廊下に出て厠へ向かう途中、何やら小瓶が転がっている事に気付く。
「あーる、いー、でぃー」
アルファベット、とかいう外国の文字が書かれていた。辛うじて大文字は読めるが、小文字やその意味についてはさっぱり解らない。きっと審神者の落とし物だろう、と思い、一先ず用を足してから審神者の部屋へ。
「失礼する」
と言うと同時に中へ入る。挨拶するだけマシだが何の意味も成していない。
「ん? どうした?」
「これは主の落とし物か?」
審神者は差し出されたものを見て体をびくっと震わせた。恐る恐る尋ねる。
「いや……。お前が飲まされたのか?」
「? 何をだ?」
「えーと…オレンジ色のお茶…」
「それは飲んだ」
「鶴丸に変な事された?」
「いや。今日は食事の時しか会っていない」
「そうか…。他に誰が飲んだんだ?」
「兄弟だ。いち兄と鯰尾」
「ふむ?」
質問する審神者が状況を把握できなかったらしい。とりあえず瓶を預けて部屋から出ると、丁度鶴丸と鯰尾が廊下の向こうに見えた。
「兄弟」
二人は驚いて足を止める。何か隠し事でもしているのだろうか。
「ちょっとそこの二人」
審神者も手招きしている。二人は一瞬目を見合わせ、観念した様に審神者の部屋へとやって来た。
「で、結局誰が飲んだんだ?」
三人は審神者の部屋でコーヒーを淹れてもらった。鯰尾は苦手なので大量の砂糖とミルクをIN。しかしコーヒー派の審神者の部屋にはこれしか飲み物が無いので仕方ない。
「間違って俺が」
「そもそも何をしようとしていたんだ?」
あっつあつのブラックコーヒーを涼し気な顔で啜り、骨喰が尋ねる。鶴丸が説明した後、審神者が補足した。
「いや、あれな、効能はあいつから聞いてたんだ」
「でも、ちょっと胸が膨らんだだけでしたよ。それももう治まっちゃったし」
鯰尾が言うと、審神者は一瞬考えてからこう答えを出す。
「ああ、お前は黒髪だから効果が見えにくいんだな。あれは髪の毛の色を変える薬の試作品なんだ」
言って瓶のラベルを見せる。RED。赤、という意味らしい。
「色々バリエーションはあるらしいが、飲み合わせで副作用があるから商品化するつもりは無いらしい」
そうして主の口から語られた事の顛末は、こうだ。
元々は主の知人の審神者が趣味で作った薬。試しに鶴丸と一期に飲ませてみたら、どうやら直前に飲んでいたらしい茶と反応して、一期にだけ例の副作用が出てしまったの事。
「まあそれに気を付ければどうって事無いから、余った試作は自由に使わせていたらしい。俺もちょっと気になってたから今度会う時にでも貰おうと思っていたんだが、そんな時にお前が」
言って鶴丸を示す。
「一期に飲ませるとか言ったらやってみたくなるだろ?」
「普段の仕返しかよ」
「どうしよう、結果的に自分が被害受けたのにいち兄が体の変化に慌てふためく所見たすぎてやばい」
「兄弟…」
骨喰には思いっきり呆れられたが、とにかく後から変な効用があるとかではないので安心した。コーヒーを飲み干すと、骨喰は自分の部屋へ、鶴丸と鯰尾は鶴丸の部屋へ戻る。
「色が…」
部屋に入るなり鶴丸がそう言った。先に入った鯰尾が振り向くと、目を見開いて考え込んでいる。
「そうか…恋ではなかったのか…?」
恐らく、薬の効用で実際に色が変わっていたのだろう。勘違いだったのかと悩む鶴丸の頬を、バチン、と鯰尾は挟み込む。
「痛いなー何するんだ」
「ね、もう一回、しません?」
鶴丸は暫くピクリとも動かなかった。やがて口を開く。
「今さっき風呂入って来たばっかりだろ。第一きみは疲れてないのか? 馬鹿か」
「馬鹿で良いじゃないですか。知ってます?」
いつもの様に鯰尾は笑う。
「『恋は盲目』って言うんですよ。あれやこれや考えるものじゃないんです」
「そうかい」
そうなのかもしれない。鶴丸はちっとも解らなかったが、解ったような振りをする事にした。
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。