第7話:粟田口兄弟は一途でありたい [3/3]
程無くして神無月、旧暦十月がやってきた。
「やあ、調子はどうだい?」
朝、顔を洗いに来た審神者に、早くから散歩をしていた石切丸が声をかけた。審神者はにこやかに返す。
「すこぶる良い」
「奇遇だね。私もだよ」
全ての神が出雲へと集う季節、それは即ち神ならざる彼等に取り憑いた神力の源も、この時期だけはその肉体を離れる事を意味していた。
「折角の神無月だ。今日はパーッと休むか、皆で」
「それは良いね。主は現世でも働いているんだろう? たまにはゆっくりすると良い」
審神者とて好きで付喪神達に冷たく当たっている訳ではない。石切丸はそれを良く理解していた。
二人で食事の間に向かうと、珍しく太郎と次郎が朝餉を作っていた。
「今日は寝坊してねえのか」
食事の間にはまだ誰も来ていないような時間。暇さえあれば眠っている太郎がこんな早くから仕事をしている事に、審神者は驚いた。
「何故でしょう。今朝はすっきりと目覚める事が出来ました」
「そりゃ兄貴、神無月だからだよぉ」
はい味噌汁、と審神者達に持って来た次郎が笑う。太郎太刀はなるほど、と手を叩いた。天然か。
「ま、一月くらいは俺も安心して過ごせるわ」
自分の魅力である神力が無ければ付喪達も寄って来ないだろう。
……という考えは甘かった。
「今日は、皆お休みなんですね」
遠征から朝帰りした一期達の部隊は、食堂の入り口に貼られた通知を読んだ。意外と整っている審神者の字。
「どういった風の吹き回しでしょうか?」
「主君もたまには休みたくなったのでしょう」
「うおっし! さっさと飯食って遊ぶぞー!」
「僕も!」
食事の間に駆け込む弟達の後ろから「走らない!」と声をかける。
(しかし本当に何を考え……)
通知の横にかけられていたカレンダーが一期の目に入る。
(あ……神無月……)
「あーあー暇だなー鵺っち?」
審神者は部屋で、獅子王の鵺を相手に独り言を呟いていた。一月ほど、ずっと刀剣達には冷たく当たってきたのだ。今更暇だからと審神者を訪ねる者など居ない。
仰向けに寝転んだ審神者に持ち上げられている鵺は、悲しそうな表情を浮かべて鳴いた。初めはこの鵺の事も怖かったが、どうやら退治されて弱体化した霊力の残りかすが獅子王の刀身に居候しているだけらしく、無害だと知った今はビビリの審神者も平気である。
「今日は結界も解いてるのによぉ」
いつしか、大倶利伽羅と光忠はこの部屋の周りをうろつかなくなった。未だに自分と接触を取ろうとしているのは、一期一振、あの高貴な刀だけだ。
(青江の件で何か勘付いた奴も多いだろう……。鶯丸なんかはもっと前から気付いていたみたいだし……)
鶯丸と一期は旧知と聞く。情報が渡っていない筈が無い。
審神者は身震いして、温かくも冷たくもない鵺の毛皮を抱き締めた。政府が用意したフェイクの毛皮に宿る鵺の魂は、何か一つの生命を生かしているわけではない。
(待て待て待て、それってどういう事だよ)
自分の力の正体を知っても、その力が体や心を交える程度では他者に譲る事が出来ない事を知っても、一期が自分を慕う理由は?
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