第1話:本丸 [3/3]
(あー)
主と清光を見送った後、安定は顔をごしごし擦る。
(重傷だ…)
主の愛情が安定の為に存在していない事を知ってもなお、彼女を見ると胸が熱くなる。これが恋か…と自分の立場を忘れて何度も脳内で繰り返している。
「安定」
廊下を歩いていたら突然呼ばれて飛び上がる。骨喰だった。
「なっ何?」
小夜と山伏は各自の仕事場へ、今剣は今日は非番なので何処へともなく去った。安定と鯰尾だけのこの状況で早速報復されるのかと思ったが、後ろを付いて歩いていた鯰尾の方も特に動かない。
「傷はどうした?」
骨喰は安定の顔を覗き込んで首を傾げる。
「俺の刀傷は血が止まらない」
「あ、ああ、あれ、今剣が治してくれてさ」
「そうか」
骨喰はそれで納得したようだ。
「今剣は三条の妖刀だからな」
何故解ったのか安定が口に出して訊いていないのに、骨喰は答える。今剣の言う通り、本人の自覚が無いだけで彼と同類なのか…。
鯰尾が骨喰の手を取って出陣しに踵を返す。安定は彼を呼び止めた。
「…昨夜の事なんだけど!」
鯰尾は一瞬冷たい瞳のまま此方を振り返ったが、すぐにいつもの人当たりの良い笑顔を作る。
「ああ、あれは俺も悪かったです! 水に流しましょう!」
暗に「そちらの理由も探らないから、此方の理由も探ってくるな」と言っていた。まあ、安定はそれでも良い。また暴走する事があったらと思うと自分でも怖かったが…。
「兄弟」
骨喰は自分の手を握る鯰尾の手を手袋越しに握り返した。入り口から反対側なのに、わざわざ自分を迎えに来たり、様子がいつもと違う。
「震えているな」
怯えた様な目が骨喰を見る。
今日出陣する場所、大坂。骨喰にとってはもう知らない土地だが、鯰尾にとっては違う。鯰尾は、自らが戦火に炙られる歴史を繰り返す為にそこへ向かうのだ。辛くない筈がない。
「どうして小夜と代わってもらわなかった」
昨夜、あの後も鯰尾はなかなか寝付く事が出来なかったのだ。数分、うとうととしたかと思うと、急に昔を思い出して骨喰の側に寄ってきて慰めを請う。最終的に、そんなに辛いなら、他の者に代わってもらえと骨喰が提案したのだった。
部隊長とはいえ、全ての戦いに出陣している訳ではないし、いつもの様に小夜に代理を頼む事は出来た筈だ。
「…乗り越えなきゃ、駄目だから…」
形の良い唇を噛み締める様に言った。骨喰は手を離し、鯰尾の長い髪を撫でる。
「ああ」
やっとその時が来る。
「一緒に行こう、兄弟」
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