第1話:本丸 [2/3]
安定は清光の隣で朝餉を食べながら頭の中を整理していた。顔を洗い、服を着替えて身なりを整えた安定を見て、昨晩の出来事に勘付く者は居ない様だ。遠征で襲われた事や無事帰還した事に対して労いの言葉をかける者は居たが。
鯰尾達も大っぴらにしない事に決めたらしく、斜め前で食べている兄弟は何も言わない。まあ、後で謝っておこう。
「ごちそうさま」
燭台切に礼を言い、清光に連れられて主の部屋の方へ移動する。山伏と安定が奇襲を受けた件について報告する為、主と清光は現世に戻るのだ。安定は事情を詳しく聞く為に呼び出されたという訳だ。
「…あのさ」
「ん?」
前を行く清光に話し掛ける。
「突き飛ばして、ごめん…」
「ああ、あれね」
清光はコートのポケットに手を突っ込んだまま歩を進める。
「俺も悪かったし?」
主の部屋の前で、二人は歩みを止めた。御簾越しに、三人の人影が見える。
その内の一人、一番小さい者の視線が、此方を向いた。
「はやかったですね」
今剣だった。立ち上がって御簾を巻き上げる。主は驚いた様に閉じていた瞼を開いた。
「ごめん。邪魔した?」
「いちにちくらい、めいそうがたりなくてもだいじょーぶです。たぶん」
中に居たもう一人は山伏だった。三人は食事の席に殆ど来ないが、こうやって瞑想を行って霊力を鍛えていたのか。
「遅れましたー」
すぐに鯰尾と小夜左文字もやって来る。今日出陣予定だった清光が不在となるので、部隊の編成を考え直さないといけないのだ。
「それにしても、敵はどうして単独で奇襲なんてかけたのかな…」
主の部屋に七人がせせこましく座って会議だ。場所が足りずに清光は御簾が巻き上げられた下に陣取り、尻が半分廊下に出ていた。
「寝込みを襲わなかったのも何か妙ですよね…」
昨日は簡単な事情説明しかしなかったので、安定と山伏が襲われた時の状況を詳しく話す。
が、首を傾げていても仕方が無い。この件は主に上層部まで持って行ってもらって、まずは当座の動きを考えないと、鯰尾は話題を変える。
「今日の大坂なんですけど、小夜と話し合って清光の代わりに長谷部を連れて行く事にします」
主は戦の事は全部鯰尾に一任だ。黙ってこくこくと頷いている。
「堀川と和泉守も行く予定だったけど、堀川は昨日重傷負ったばかりだし、光忠と倶利伽羅を代わりに」
和泉守はどうって事無いが、堀川が休養するなら組で休ませる方が良い。堀川は和泉守と離れると戦いの腕が落ちるタイプだからだ。
「料理なら、拙僧が致すぞ」
山伏も今日は外には出してもらえない事を心得ている。
「助かります」
「倶利伽羅は今日洗濯当番だったから、代理を立てなきゃ」
鯰尾の言葉を小夜が引き継ぐ。
「じゃあ、俺やるよ」
安定が手を上げる。血塗れの服を洗濯には出せないし、どうせ洗うなら何枚だろうが同じだ。
それに、主が不在なら、本丸の中で楽しみにする事も無いし…。
安定と主の目が合った。が、同じく今剣も安定を見つめている事に気が付き、主を傷付けないスピードで自然と目を逸らす。
「大将、昼の分の薬だ」
その安定の視線の先から、薬研が白衣と眼鏡という如何にもな姿でやって来た。主は突き出された袋を笑顔で受け取る。
主は体が弱い。昨日、二人も重傷の刀剣に霊力を費やした所為で、同時に体力も落ちている。薬研が渡したのは、滋養強壮の為の物だ。
「現世でちゃんとしたのを貰うなら、飲まない方が良いぜ」
「うん」
その笑顔が安定には眩しかった。
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。