暗い狭い空間に閉じ込められる話 [1/5]
「主、ちょっと万屋に行ってくるね」
燭台切光忠は執務室の審神者に声をかけた。審神者は少し意外そうに尋ねる。
「さっき博多が買い出し行ってきたんじゃ?」
「うーん、お肉が高くて買ってこなかったみたいなんだけど、夕飯作ってたらストックがちょっと足りなくてねえ……。やっぱり買い足そうと思って」
万屋街へは、特段審神者の許可が無くても自由に行き来できる。ほんの少しの間離れるだけなのに、わざわざ光忠が審神者に顔を見せに来たのには、理由があった。
「そうか。いってら」
顔を見せに来たのではない。顔を見に来たのだった。
審神者の言葉はそっけない。光忠の気持ちになど、気付いていないかのように。
光忠はこれ以上話す事も無いのでただ頷くと、本丸の唯一の出入り口、タイムマシンとワープマシンを兼ね備えた「転送装置」へと向かった。
「お疲れ」
丁度、出陣していた部隊が戻ってきた所だった。隊員の皆はめいめいに燭台切に挨拶し、風呂に行ったり部屋に戻ったりしたが、隊長の鶯丸だけは転送装置の中から出てこようとしない。
「鶯丸さん、どうしたの?」
「いや……」
鶯丸はコンコン、コンコン、と転送装置の壁や天井を指で叩いていたが、声をかけられてそれをやめる。
「気の所為だったようだ。それよりも、何処へ行く」
「ちょっと買い出し」
「俺も行こう。茶が無くなった所だ」
今日の相手は大した事無かったのか、鶯丸の服装は出陣した時と変わらず乱れていない。
「オーケー」
転送装置は、外装こそただの小屋だが、中にあるのはエレベーターのような精密機械だ。光忠は装置に乗り込むと、壁面の操作パネルをタッチして扉を閉めた。
「あれ?」
真っ暗になってしまった箱の中で、光忠は首を傾げる。いつもなら、自動的に照明が点灯する筈なのだが。いつの間にか、操作パネルのライトまで消えている。
「気の所為ではなかったか」
「鶯さん!? 一体どういう……」
「帰還した時に異音がした気がしてな。故障の様だ」
真っ暗な中、非常用の取っ手を探す。自動扉は、停電時は手で開けられるようになっている。
「おっと」
「すみません」
光忠も探そうと手探りで壁際を移動すると、鶯丸と頭をぶつけてしまった。
「あった」
扉に作られた凹み。鶯丸と「せーの」で左右に広げたが、扉はビクともしなかった。
「おかしいな、停電ではないのか?」
指が痛くなってきた鶯丸は引っ張るのをやめた。光忠も同様に手を引っ込める。
「これはロックがかかっているね」
転送装置は、転送動作中に人や物の出入りがあると重大な事故を起こしかねない。その為、稼働中は転送が完了するまで、自動で扉にロックがかかる様になっている。
「通電はしているのか」
「困ったね……おーい!」
ぴっちりと隙間無く閉まっている扉の継ぎ目に向かい、光忠は外に向かって声を上げた。
「誰かー!」
反応は無い。当然だろう。小屋は母屋からは離れて建っている上、その母屋も小屋に面している面は鶯丸の部屋があるだけであとは空き部屋だ。山伏や愛染の部屋が近いが遠征中だし、愛染と同室の蛍丸も先程風呂に向かったから、数十分は戻ってこないだろう。
第一、小屋の外まで声が届いているかどうかも疑問だ。閉じ込められてから数分経つが、未だに真っ暗、という事は、ほんの少しの光も漏れないよう、密閉された空間という事だ。
「まあ、そのうち誰か気付くだろう」
「呑気な事言ってる場合じゃないよ鶯さん。密室だから窒息するかもしれない」
「とは言え、通信機器は部屋にあるし……。燭台切は?」
「僕のも部屋」
「外界に連絡は無理か。大人しく待つしかないな」
「…………」
光忠は焦る気持ちを落ち着かせた。確かに、慌てふためいた所でこれではどうしようもない。
鶯丸の言う通り、暫く待ってみよう。一応審神者や同じ当番の者には肉を買うだけだと言ってきたので、夕飯の支度を放置したまま長く留守にすれば心配してくれるだろう。
ひとまず座ろうと、後ずさりすると足が何かに引っかかった。
「うわっ」
「おっと」
鶯丸の脚だった。鶯丸に半ば抱きとめられるようにして、光忠は床に打ち付けられずに済んだ。
「何度もすみません……」
起き上がろうと突いた手が、あらぬものの上に置かれてしまったようだ。
「本当に本当にすみません!」
もう片方の手をちゃんと床に突き、今度こそ光忠は鶯丸の上から飛びのく。勢いを付けすぎて壁に思いっきりぶつかったが、非礼を詫びるのに必死だ。
恐らく、先程自分が手を置いてしまったのは、鶯丸の下腹部だった。
「なに、気にするな」
気にするなと言われても、正面から思いっきり触ってしまって気にしないようにできる筈がない。光忠はもう一度謝り、鶯丸から少し離れている(と思われる)場所に腰を下ろした。
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