宇宙混沌
Eyecatch

第8章:愛され系審神者は怖れ、怖れられている [3/5]

「今はまだ、何も問題は起きていませんし、一度頭を冷やされては」
 書類を受け取るべきか思案する清光の隣から、一期が鶯丸の考え方を踏襲して言ってみる。反論したのは小夜だった。
「何かあってからじゃ遅いんだ」
 その言葉の重みに誰しもが口を噤む。しかし清光は、書類を押し返した。
「それでも、一期に賛成。俺達の立場、わきまえてよ。神隠しが起こった本丸にも関わらず、こうやってまだ皆が一緒に居られるのは、前の主や政府が『この人なら大丈夫』って事で今の審神者を充てがってくれたからだよ? それをこっちの我儘で『替えてくれ』なんて、都合良すぎ」
「皆が離れ離れになるのは悲しいけど……僕一人が刀解されて済む事ならそれでも構わない」
 なおも小夜はそう言った。これには流石に光忠も怒った顔を見せる。
「僕達は君を刀解する為に言ってるんじゃないんだけど!?」
 結局、議論は平行線のまま今日の所は解散となった。一期は粟田口の部屋に戻ろうとし、廊下に佇む審神者に気付く。
 審神者は離れに連絡事項が来ていないか確認してきた帰りだった。
「……主」
 一期はその表情から、会話の内容が筒抜けだった事を悟る。
「慰めんなよ。気持ち悪がられる事は慣れてる」
 写真を撮れば必ずと言っていい程、人ならざる者が写り込んでいるし、読心が出来る所為で、本来知り得ない事を知っている、という事を漏らしてしまう時だってある。時々不意に姿を消しては、数日後に何も無かった様な顔で戻って来る子供を、実の親ですら不気味なものを見る目付きで遠巻きにしていた。
 彼の力を垣間見た人ならざる者は彼を気に入るが、人は彼を気味悪がるのだ。それは、その力が人間が決して持ってはいけないもの、それを持つ者を人とは呼ばないからであった。
「……俺はいつだって辞めて良い」
「主!」
 自室へと踵を返す審神者の背を追う。執務室ではなく寝室の方に戻った審神者に、許可を得ず中へ。
 審神者は一期に背を向けて座り込み、携帯を弄る。
『検査順調~。お給料も入ってたけど審神者ってこんなに貰えるの?? 仕事も大変だろうけどたまには家に寄ってください』
「なあ一期」
「何でしょう?」
 審神者は振り返らない。一期は開いている場所に腰を下ろして話をする姿勢を取った。
「子供の魂は、いつ、どうやって宿るんだと思う?」
 審神者はスマホの画面を消す。結婚して審神者の職に就いてから、一度も顔を見せに行っていない妻からの言葉に耳を塞ぐ様に。
「はあ……突然何を……」
「『七つまでは神のうち』という諺もあるな」
 審神者は顔を横に向ける。完璧な造形の横顔から、流し目が一期の事を見つめた。
「……存じません。少なくとも、私達付喪神の様に、長年月日に晒された結果ではありますまい」
「ああそうだ。人間はお前等とは違う」
 審神者の言いたい事が解らず首を傾げていると、審神者は彼に向き直って言い直した。
「人の子が七つまでは神の所有物であるとしたら……七歳までの子供は神力への耐性があるという事だ」
「……確かに、そうかもしれません」
「実際、神隠しに遭う子供は七歳以下の幼児が多いし、無事に戻って来るのもそうだ。だとしたら、人の子は何故『人間』になる? 神力への耐性が無い人間に」
 人間は成長する過程で様々な能力を失う。体の柔らかさや、呼吸をしながら何かを飲む、というのも、その一つだ。
「……単にその必要が無くなるからでは?」
「それも一理ある。まあ、理由は何でも良い。俺が気にしているのは……」
「?」
「俺みたいに成長し損なって未だ神の元にある奴が、子供を作ったらどうなるかって事だ」
「!」
 一期は唾を飲み込んだ。
「……現世にいらっしゃるのですか……」
「まだ腹の中だがな。だから魂……神力や霊力を持っているのかは解らない。肉体が完全に母親と分離する前は、母親のと混ざって良く見えないから」
 その母親とも結婚する前に二度か三度程遊んだだけの仲なのだから尚更。
「俺と同じ道を歩まざるを得ないなら早い内から教えておいてやりたいが、そうじゃないなら俺の事も何も知らずに生きていってもらいたい」
 自分の力の事を妻は知らない。知れば自分だけではなく、子供の事まで気味悪がるかもしれなかった。生まれてくる子供だって、自分の事をどう思うか。力が受け継がれていたら、恨まれやしないか。
 いっそ初めから新たな命を摘んでおけば気を揉まなくて済んだのかもしれないが、自分の身勝手で出来た魂を、自分の我儘で消し去るなど、いくらなんでも出来なかった。責任を取る以外の選択肢など初めから考えていない。
「……まさか、」
 一期は悟る。
「貴方は……妻子を捨てるつもりなのですか?」
「捨てるとは人聞きが悪いな。この先食ってけるだけの金は渡すよ」
 元々、付き合いが深かった訳ではない。妻と離縁するのは恐らく簡単だ。だからそれまでに、子供に力が遺伝していないか見極める。受け継がれていれば引き取って守るし、そうでなければ養育費をまとめて渡して絶縁だ。いずれにせよ、金が要る。
「その……伴侶と共に歩むという道は……」
「あいつは俺の力の事を知らないからな」
 審神者が立ち上がった。次の瞬間、一期は天井の模様を背景に、審神者の恐ろしく整った顔を見上げていた。
「あいつはこの顔が好きなんだとよ。生まれてくる子供も、俺に似てる事を願ってるそうだ」

♥すると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングなどに反映されます。
※リストへの反映には時間がかかります。

Written by