第12話:愛され系審神者の愛される所以 [3/3]
「『あい』さん所の管狐さあ」
「ん? ああ、アレ?」
「元のやつはどこ行っちゃったんだろうね」
「別に良いんじゃない? 管狐なんてその気になればいくらでも増えるんだし」
「うん……」
此処は政府の連絡係。日々、審神者に送るメールや、管狐に渡す情報を管理している。
仕事をしながら私語をしていた二人の職員の側に、可愛らしい狐の人形が現れた。
「『あい』本丸への連絡事項は?」
「これです。よろしくお願いします」
傀儡は書類を咥えると姿を消す。職員は肩を竦めた。
「ま、問題が起こらなければ良いか」
「連絡事項だ」
てけてけと縁側を歩いてきた傀儡は、ぱたり、と書類を床に落とした。雪見障子に替えたばかりの窓から、中の審神者が見咎める。
「中まで持って来いよ」
「神を使役するとは痴がましい」
「ちょちょいのちょいだろ?」
狐の人形はなんだか良く分からない動きをした。ひとりでに障子がスライドし、冬の冷たい風を吹かして書類を審神者の頬に貼り付ける。
「さみいよ!」
審神者が悲痛な叫びを上げて漸く、それは意地悪をするのをやめてやった。何も言わずに去って行く。
「相変わらずですなあ」
茶菓子の差し入れを持ってきた一期が笑う。障子を閉めた。
「まあ、暴れずに大人しくしててくれるだけでも有難い」
政府にはもうバレているだろうが、というか鶯丸の方から報告が上がっている筈だが、何も言ってこないという事はこのまま黙認するのだろう。その方が面倒くさくなくて有難い。
「この戦いが終わるまでは、或いは政府がシステムを変えるまでは、あいつの居場所は確保された」
「その時が来たらどうするおつもりで?」
「その時考えるよ。俺が拾ったやつだから、俺が責任取る」
茶を少し啜った後、また黙々と作業に戻る。その様子を薄く微笑みながら一期は見ていた。
「……もうそんなに生き急ぐ必要もなくなったではございませんか」
もう彼に神力は無い。霊視能力は大きく下がったし、読心については全くできなくなってしまった。その代わり、いつ訪れるか分からない死に怯える事も、子供の為に今急いで稼ぐ必要ももう無い。審神者の憂鬱の所以は去ったのだ。
「まあな。まあ仕事はさっさと終わらせるに限る」
審神者は一期を追い出さない。切りの良い所で手を止めると、今度は菓子を頬ばった。
「……どうして『あい』という名前を選ばれたのです?」
「『ああああ』が取れなかったから」
「左様ですか」
外では雪が降り始めた。この計画が始まってから、もうすぐ一年。まだ終わりは見えない。
彼に対するこの想いにも。
「なあ一期」
今度は審神者の方から話し出す。
「終える事は出来なくても、変わる事は出来ると思わないか?」
江雪も小夜も、鯰尾だって、誰かに対する愛情を殺したわけではない。審神者に憑いていた神も、自由を諦めた訳ではない。
「俺はお前の想いを、今の形では受け止めてやれない」
それは一般には、終わりの合図。
けれど、違う形でなら、受け入れられる余地があるという事。
「……ええ、勿論」
審神者は真剣な表情を緩めて笑った。既に形作られてしまったものだからか、その美貌は健在だ。
初めはこの美しさに惹かれたのだった。しかし、今は違う。
「本当に……貴方は綺麗な方だ」
「待って、言ってる側から口説きにかかるのやめて?」
「口説いてません」
積もりそうな雪に、縁側の雨戸を閉める音がする。陽光が射さずとも、部屋の中は電灯があるので明るい。まるで審神者の様だ、と一期は溜息をついた。
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