宇宙混沌
Eyecatch

第10章:小夜左文字のアイデンティティ [4/4]

「僕には江雪兄さまが言っていた事が理解出来ないよ……」
 その日の夕餉の席で、ぽつり、と小夜が誰にともなく漏らした。たまたま隣に座っていた鯰尾が、更に隣の秋田の頬に付いた飯粒を取ってやった後、振り返る。
「解らなくて良いじゃないですか。江雪さん、笑ってたし」
 小夜は首を傾げた。
「僕はね……命や金銭を奪う者が憎いんだ……。僕は江雪兄さまの命を、自分の欲望の為に縮めた……恨まれてると思ったのに」
「僕も、復讐の悪魔にとり憑かれたわけではありませんが、そう思ってました」
 向かいの宗三が同意する。
「結局、僕達の杞憂だったんですか?」
「そういう事じゃない?」
 鯰尾は苦笑する。江雪が此処を去る時、彼の意識は無かった。瀕死の状態で現世に運ばれていったっきり、前の審神者も此処に戻って来る事は殆どなかったし。
 今こうやって丸く収まっているのなら、過去がどうであれ。どうせ過去に戻って違う道を選び直す事は、出来ないのだから。
「兄弟?」
 白い髪を頬に張り付かせた兄弟が、斜め向かいから鯰尾を覗き込んだ。
「何を考えている?」
「!!」
 鯰尾はその言葉にハッとした。続いて骨喰も、「そうか」と呟くと食事に戻る。
(今……閉心、出来てた?)
「やっぱり、江雪兄さまには敵わないよ……」
 鯰尾の心境を置いてけぼりにして、小夜は話を続ける。
「何が?」
「どうすれば……あんな風に誰かを許せるようになるんだろう」
「小夜ちゃん……」
「わからない……わからないんだ。僕が誰を許せないでいるのかも」
(…………ああ、そういう事)
「……大丈夫ですよっ」
 鯰尾は自分の口角に指を当て、にぃ、と微笑んで見せた。
「小夜ちゃんは江雪さんに許してもらえたんですから」
 許すにはどうしたら良い? 誰かから許されれば、許し方を知るだろう。
 心も同じなのだ。閉心するには、まず、誰かに心を開かねばならない。
「焦る事無い無い!」
 その様子を、追加された机で晩酌をしていた日本号が見ていた。
「俺の仕事は終わりか」
「お疲れ」
 鶯丸も盃を酒で満たし、日本号とそれを交わす。博多は兄弟達に紛れて食事をしていた。
「まあ、手が空いたのなら此方を手伝ってもらうがな」
「わーってるよ」
 二人はカレンダーを見る。神無月はまだあと半月以上も残っていた。
「このまま何も無く過ぎれば良いと思うか?」
「いや……。今回はおめーさんの予想も外れた」
 左文字兄弟は、思っていたほどあくどくは無かったようだ。それはそれで良かったにしても、残す問題はまだ二つもある。
「このまま何も無けりゃ、審神者の神力が戻って来てまた荒れる……」
「では、」
 日本号は鶯の言葉を遮ると、盃を一気に空にした。
「ああ、博多に伝えといてくれ」
「……了解した」
 鶯丸も酒を飲む。流石に一気飲みするには少々辛い。また酒を注ぎ足している日本号を横目に旧知を見れば、弟達の世話は鯰尾に任せてしまったのか、ただぼんやりと、それでいてやけに鋭い目付きをしていた。

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