第10話:小夜左文字のアイデンティティ [2/4]
「此処かぁ」
鯰尾は訓練場を見て、首を傾げながらとりあえず感嘆してみた。隣を見れば、兄も、他の刀剣達も、同じ様に不思議そうな目でその建物を見ている。一期だけは、建物を気にする素振りを見せながらも、五秒に一回くらいは審神者の方に意識を向けていた。審神者は気付かない振りを通す。
「室内、ですか……」
それはどう見てもビルだった。背後に建つ、先程転送されてきた官庁ビルと同じ様な外観、但し此方の方がかなり小さい。
「シミュレーターってやつだ。仮想敵と戦うんだとよ」
審神者は受付で利用料金を払い、中へ。案内されたフロアへエレベーターで昇ると、突き当りに扉がある廊下に続いていた。エレベーターを降りると音声ガイドが利用方法を自動的に解説する。奥の壁に設置された薄型液晶にもあった。
「俺は此処で待つのか」
審神者は窓際のベンチに腰を落ち着ける。反対側には六つの、全く同じ形をした扉が並んでいる。左端の扉にだけ、「隊長」との札があった。一人ずつ、武装して入れとの事だ。
「どういう仕組みなんでしょうね」
宗三の独り言には心の中で返答しておく。
(詳しくは聞き忘れたな。まあ自信作らしいしそれなりのものではあるんだろう)
隊長には一番古参の小夜が推された。その隣には、緊張からか自分の脇差を落ち着かなげにカシャカシャやっている鯰尾藤四郎。そして一旦戦闘態勢に入って審神者の事を頭から追い遣り、集中する一期一振。余裕ある素振りの日本号、いつも通りの宗三左文字、鶯丸と続く。
「行ってくるよ」
小夜の言葉を合図に、全員が扉を潜る。扉を閉めると中は真っ暗だったが、やがて荒野の風景と、他の隊員の姿が見える様になった。
「なんだ? 結局同じ場所に繋がってんのか?」
「いえ、壁はあると思います」
日本号の推測を一期は否定した。僅かだが、音が反響しているし、日本号の声はスピーカーを通じた様な劣化がある。
「恐らくは、映像を瞬時に配信しているのでしょう」
「全く、こんな凝ったものを作る暇があるなら、もう少しまともな戦略でも立てられないものですかね……!?」
宗三が言い終えない内に、前方に仮想敵の姿を確認する。全員が一斉に構えた。
敵は六人。全員が、過去に飛んで実際に対峙する敵の様な、禍々しい姿をしている。うち、一人だけは後方に留まったまま、此方の様子を伺っていた。
「痛っ……」
鯰尾は敵の刃が腕を掠めた痛みに驚いた。シミュレーターだというのに、実際に怪我をしたのか?
「狼狽えない」
兄に言われて姿勢を立て直す。一対一の構図が出来た所で、余った小夜が敵の合間を塗って前へ突き進んだ。
「お小夜、気を付けて」
他の者より一足先に相手していた敵を倒し、宗三も続く。太刀を構えた敵のボスを、小夜は正面から、宗三は背後から間合いを詰める。
(何でしょう、この感じ)
その敵は、先程まで戦っていた敵とは明らかに違っていた。恐らく、動きからして他の五人の敵は動きを覚えさせた機械か何かだ。しかし、この敵だけは、何やら思考している雰囲気が感じられる。
「わっ」
「うっ!?」
粟田口兄弟の悲鳴に、視線は目の前の敵から外さずに視界の端だけで様子を確認する。毒矢が刺さった二人は、その場から消え失せた。日本号がその穴を埋めに走るのを確認し、意識をボスへ戻す。
まずは小夜が飛びかかった。敵は余裕のある動作でそれを躱すと、小夜が体勢を立て直す前に、その腰を蹴って転ばせる。
(その刀を使わないなんて、ナメた真似をしてくれますね)
すかさず背中を狙ったつもりだったが、敵はその動きの流れのまま振り向くと、宗三の手を峰打ちする。宗三がなんとか刀を離すまいと、痺れた腕を力ませた隙に間合いを取られた。
(強い……。しかし何故斬りつけてこないのでしょう)
後ろで日本号が断末魔を上げた。声が途中でブツンと切れたので、どうも粟田口兄弟と同じく離脱したらしい。鶯丸が最後のモブ敵を斬り捨て、叫んだ。
「三振になってしまった。その敵は俺達じゃ倒せそうに無い。ギブアップ、しよう」
まだ転がされた位置から動けずにいた小夜は、既に何かに気付いていた様だった。
(この動きは……)
逡巡を一秒以内に終わらせると、良く通る声を張り上げる。
「ギブアップ」
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