第10話:小夜左文字のアイデンティティ [1/4]
その日、審神者は離れへと戻った。とりあえず布団と必要最低限の荷物を運び込み、そこで寝起きをする事にする。
誰に言われた訳でもない。ただ、そうしなければ悪い事が起こる。そんな胸騒ぎがしただけだ。
「おや」
数日後、昼前に現れた管狐が意外そうな声を出す。
「刀剣男士と何かあったのですか?」
「……神無月だからな」
適当に誤魔化し、連絡事項を急かす。
「既に訓練場がオープンしています。あまり盛り上がって居ない様ですので、是非ともご参加を」
「まあ金取るってんなら乗り気じゃない奴も多いだろ」
審神者は言いながらスマホでメールをチェックする。彼のシフト表……今日か。
「行くよ。他に連絡は?」
「ございません」
「ご苦労」
狐が姿を消すと、重い腰を上げて母屋へ。食堂へ向かう道すがら、久々に審神者の姿を見た薬研が声をかける。
「珍しいな大将。用事か?」
「まあな」
そしていつもの様に食事前に事務連絡。良い加減、此処の刀剣達も理解してきた。
前の審神者が自分達に求めたのは、擬似家族の様な友愛の様なもの。今の審神者が求めているのは、ビジネスパートナー、出来るならば忠実な部下であるのだと。
神無月、そして審神者が結界内に引き篭もっているとあって、あれ以来問題は起きていない。ただ淡々と、日々をこなしていく。
そんな時にイベントの告知だ。
「ハイ!」
「はい、鯰尾君」
つい現世での仕事の癖で先生っぽく受け答えしてしまう。鯰尾はそれに乗ったのか、それとも元々の口調か、馬鹿丁寧に質問した。
「俺、今日出陣当番なんですけど、そっちの訓練場に行きたいです!」
「あー、オーケーおーけー」
俺も同伴するからどっちにしろ今日は遠征も出陣もキャンセル、と審神者は付け加える。
「他に行きたい奴は?」
一期が期待を込めた目で手を上げる。それを見た鶯丸がすかさず後に続く。その時点で審神者が切り出した。
「他に居ないなら指名するぞ。短刀が居た方が良いな、粟田口に偏るのもなんだし、小夜」
適当にそれらしい理由をでっち上げて左文字兄弟を連れて行こうとする。
「わかった」
「打刀も居ねえな……宗三、どうだ?」
「どうして僕が……」
「主命に背くつもりか?」
斜め前に陣取っていた長谷部が凄む。宗三は溜息を一つ。
「まあ、主が僕を見せびらかしたいと言うのなら、断る理由はありませんが?」
「良し。あと一振は槍か大太刀で」
「じゃー行くかー」
やる気の無さげな大太刀を見て、正三位が名乗りを上げた。勿論、小夜の監視だろう。
「よし、じゃあ六人は飯ったら転送装置に集合」
その後、身支度を済ませた審神者がそこへ行くと、鶯丸が目の前の自室に彼を招いた。審神者は警戒もせず、中へ。
「左文字を連れて行きたい様だが」
「江雪左文字が来る」
審神者の即答に鶯丸は目を細めた。
「それは、この本丸に居た?」
「ああ、今は手続きを踏んで現世で人間として暮らしてる」
「なるほど、もう会わせても大丈夫だと考えたか」
審神者は眉を顰める。政府の遣いとはいえ、今は部下の扱いである刀剣に見下された気がしたのだ。
「……前の審神者は来ない。小夜は江雪の事については自分の中で折り合いを付けてるし、宗三は何か必要以上に自分を責めてるみたいだし」
鶯丸は審神者を値踏みする様に見た。
「会えば解決すると、そう思うのか?」
「このままズルズルと何もしないよりマシだ。あいつが現世で幸せなら、それで良いだろ?」
鶯丸は長い睫毛を伏せた。
「左文字の兄弟が、どう思うかな」
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