第9話:宗三左文字に悪意は無い [4/4]
(僕が何をしたって言うんです?)
宗三左文字は本丸を囲う塀に沿って、転送装置や格技室のある所までフラフラと歩いて来た。長谷部は陸奥守達と風呂掃除をしている。薬研は正論しか言わないので、今は話したい気分ではない。
「僕はただ……」
主の為に戦っていただけ。
奪われた先でもそうしようとしただけ。
同胞の心身を案じていただけ。
なのに、どうしていつも疎まれるのだろう。主が負けた証を彫られ、戦場ではなく部屋の中に飾られ、神隠しの責任を問われ……。そんな愚痴を零せば、あの冷たい目をした弟は被害妄想だと斬り捨てるに決まっている。自分とは違って、兄に似た容姿の傀儡を与えられた弟は。
ぼんやりと空を見上げた宗三は、ふと塀の外はどうなっているのかと疑問を抱いた。本丸、と呼ばれる審神者達の邸宅の塀には、何処にも門が無い。本丸と他の場所とを行き来するには、管狐の様に特殊な能力が無い限りは転送装置を使わなくてはならない。
(……そうだ)
宗三は無意識に名札を掴む。辺りをキョロキョロと見回し、人気が無い事を確認すると、格技室の建物と塀との間に細い体を滑り込ませた。
審神者は再び暇を持て余していた。仕事はしたくないが、手持ち無沙汰なのはもっと苦手だ。先程離れに届いていた案内を手に取る。
『新訓練場オープンのお知らせ 最新のテクノロジーを駆使したシミュレーターで、安全に戦闘スキルの向上を!』
(政府もこんな事してる暇あるならもっとまともな……)
そこで携帯電話が震えた。審神者と、前の審神者との共通の知人からだ。彼もまた、審神者をやっている。この本丸の引き継ぎにも一枚噛んでいた。
「もしもし?」
『久し振り』
受話器を通じて、含みのある様な柔らかい声が伝わってくる。審神者は眉根を寄せる。
「何の用だ?」
『訓練場の案内は届いた?』
「ん? ああ」
『シミュレーター部分は僕の自信作だから来てね』
「お前かよ作ったの」
政府直属の開発者は笑った。スマホのスピーカーがビンビン言うのが収まると、こう告げる。
『左文字の兄弟を連れて来て。「彼」が裏方で働く事になった』
「もう良いのか!? って、お前の事だから上には確認済みか」
『まあね。彼のシフトはメールで送っと……』
「宗三!?」
審神者が突如叫んだので、電話の相手は驚いて口を噤んだ。審神者は立ち上がり、障子を開けて本丸内の様子を窺う。庭を挟んで反対側の縁側を歩いていた愛染が怪訝そうな顔をした。
「悪い、まだ何か用があるならメールで」
審神者は通話を切り、先程まで宗三の気配がしていた転送装置の方へ。名札を外し忘れて単独で何処かへ行ったのか? しかし、今の感覚は転送による気配の消え方とは違う気がする。
「宗三ー」
「呼びましたか?」
廊下の角からひょいと現れたので拍子抜けする。宗三の方から話し始めた。
「すみません、名札を塀の向こうへ落としてしまいました」
謝ってはいるものの、反省の色は薄い。
「隣の本丸へか?」
各本丸同士は塀を境に隣接している。政府の霊能者によって強固な結界が張ってあり、刀剣男士はおろか人間でさえも、塀を乗り越える事は出来ない。
「名札を? 落とした?」
宗三の名札には宗三の髪の毛が、霊力の源が埋め込まれている。本来なら結界を越える事など有り得ないのだが……。
「ええ、塀の向こうがどうなっているのか気になって。塀をよじ登ったのは良いのですが、向こうに居た者に気付かれて、手を滑らせた時に瓦に引っかかってしまって」
言って宗三はピンバッジの金具だけを差し出す。
「まずかったですか?」
「いや……」
審神者はそれを受け取ると、執務室へ戻る。
(最初からお見通しだったか……)
名札を持っていれば審神者に精神状態が筒抜けになる。しかし、持ち歩かなければその事もバレてしまう。だから最初に宗三は、審神者が自分の状態を確認しづらくしたのだ。長谷部と頻繁に色事に興じる事で。
(俺がサボってる内に呪いを壊したか……)
髪の毛が抜かれ、霊力の落ちた物体なら結界を越えられる。呪いを壊した事がバレる前に処分しようとしたのだろうが、逆にバラしてしまった様だ。
(……ったく、あれで悪気が無いのがな……)
故意にやっているのかどうかすら怪しい。
一応、政府に報告しておこう。そう思って一旦パソコンを開いた指が止まる。
もう、刀なんかに、付喪神などに期待しても、意味がないのでは?
審神者は例の知人からのメールを読んだだけで、そのまま再びスリープモードに戻した。
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