宇宙混沌
Eyecatch

第9章:宗三左文字に悪意は無い


(言ってくれるじゃねーか……)
 審神者の部屋のすぐ側で中の様子を窺っていた日本号は、半分悔しそうに、半分面白そうに口を歪めた。部屋から出てきたばかりの鶯丸は、縁側の向こう側で鼻で笑うと、今度こそ去って行く。
(ま、とりあえずは今目の前にある問題の解決ってな)
 審神者の言う事は尤もだが、それが簡単に出来るのなら政府だって手を付ける筈である。顕現させられた刀としてはその辺りの内情は知る由もないし、ただ今は、任せられた仕事をこなすだけだ。
「小夜ー入るぞー」
 言いながら同時に障子を開ける。小夜は部屋で行儀良く正座して、何やら見慣れない文字の書かれた本を読んでいた。
「入って良いとは、言ってません」
「つれねえなあ。折角の休みだ、一杯引っ掛けようじゃねえか」
「僕の身体はまだお酒は無理だよ……」
 なんて事は無い。冷たい態度の中にも気品ある優しさを含んだ、小夜左文字の受け答えだ。
(……何か拍子抜けだな。思ったより落ち込んでねえっつうか……)
「日本号さんも、僕を心配してるんでしょう?」
「へへっ、まあな」
(何でも見透かしやがるぜ、こいつぁ)
 許可無く文机の横に腰を下ろす。拒絶の言葉は無かった。
「ま、暇潰しに付き合ってくれや」
「万屋にでも行きますか?」
 小夜は本を閉じて立ち上がる。兄も誘おうと隣の部屋への襖を開けたが、不在だった。
「一応審神者に言っておこう」
 財布と短刀を手早く風呂敷に包んだ小夜はてってってっと縁側を小走りで行く。日本号に質問する隙を与えない様に。
(或いは、この本丸の外なら話してくれるか……?)
「万屋に行って来ます」
 審神者の執務室には誰も居ない。隣の寝室から呼ぶ声が聞こえた。
「一人でか?」
 あの後ふて寝していた審神者はぐしゃぐしゃの髪のまま姿を表す。日本号の影を確認すると、あっさりと許可が出た。元々、万屋との行き来を制限する気は無いのだが。
「なあ、どうして俺達を呼んだんだ?」
 小夜とまどろっこしい腹の探り合い等しても仕方が無い。日本号は転送装置の中で、行き先を指定する小夜にそう訊いた。
 政府に直接助けを求めた張本人……それは審神者の神力を警戒している今剣でも、神隠しの二の舞を恐れた清光でもない。一見平然としている、小夜左文字、彼自身だった。
「お前の経過は、順調とは言わないまでも特別な処置は必要無い、と審神者からは報告が上がってる。実際俺がこうして来てみた了見も同じだ。お前はもっと自分を信用しろ」
 転送装置が動き出す。一瞬、意識が飛んだと思ったら、次の瞬間には先程居た装置とは違う内装の箱の中に居た。扉の上に「万屋」とパネルが取り付けられている。
 数々の店が並ぶ通りに出ると、小夜が答えた。
「もう、判らないんだ……」
「……何がだ?」
 酒屋を見付けて寄ろうとしていた日本号が足を止める。自分より一回りも二周りも小さい小夜の顔を覗き込んだ。
「僕は本当に江雪兄さまの事を愛していたのかな……。判らない。ただ、前の主があの人で無ければ良かったのに、とか、そういう事ばかり考えてる。江雪兄さまがあの人じゃなくて僕を選んでくれたら良かったのに、とか」
「……そりゃ、可愛さ余って憎さ百倍とか言うやつじゃねえか?」
 小夜は首を振った。
「宗三兄さまもね……どうして宗三兄さまが自分で隠さなかったんだろうって。宗三兄さまは上手く逃げたよ。あれだけ僕を唆しておいて、まだ被害者の顔して長谷部に甘えられるんだから」
「お小夜……」
「憎んでも仕方無いとは、思ってます」
 小夜は日本号を見上げた。兄に似た鋭い視線が日本号を貫く。
「だけどこれが僕達なんだ。宗三兄さまは永遠に『心の中の檻に囚われて可哀想な自分』を演じ続けるよ。僕はどれだけ頭で理解してたって、心が憎悪を、復讐を求めてしまう!」
 大きな声を出したので、通りがかりの何処かの本丸の粟田口の兄弟が驚いて振り返った。それが視界に入った小夜は、少し自分を落ち着かせる。
「……そもそも左文字の刀を手懐けようっていうのが、間違いなんです。他の刀だって同じだと思う。付喪神が人間の真似事をしてその下で働くシステム自体に、無理があるんだ」
「それを政府に伝えてくれってか?」
 小夜は頷くと歩き出す。やれやれ、と日本号は肩を竦めて後を追った。
(審神者と同じ事言いやがる……。しかし、宗三左文字か……)
 ボリボリと頭を掻く。全く面倒な仕事を押し付けられたな、と溜息を吐いた。

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