宇宙混沌
Eyecatch

第1章:嫉妬

 主はもう俺になんか興味ないんだろうか。

 清光は自分の部屋で、もう昼過ぎだというのに敷きっぱなしの布団の上に寝転がり、塗ったばかりの爪紅を乾かしていた。明かりもつけず、障子も開けず。ただ、主が趣味で買ってくれた、小さなからくり時計が棚の上で次の時報を鳴く為に時を刻んでいる。
 中庭に面した縁側を、楽しそうに笑いながら歩く声が聞こえてきた。
「主…」
 床板を軋ませながら進む音は一人ではない。今日の近侍は、この部屋で共に寝起きしている安定だった。
(楽しそうだな…)
 最近、特に非番の日が辛い。清光は爪が乾いた事を確認すると、寝返りを打って障子に背を向ける。
「あれ、清光は? 具合でも悪いの?」
「最近、非番の日はいっつもこうやって一日中ごろごろしてますよ」
 天気が良いのに締め切られた部屋を見て主は問うたが、安定がそう答えると二人は仕事をしに行ってしまった。

 主が安定を近くに侍らせたがるようになったのは、いつだっただろうか。
 清光は、彼の主が一番最初に呼んだ刀だった。主は彼女の目的の為に、次々と刀を呼び寄せたが、とりわけ最も付き合いの長い清光の事を信頼し、本丸では一番近くに置き、出陣の時は他の者達を総べる役目を任せてくれていたのに。
「ごめんね清光」
 ある日主は、新しく呼び寄せた刀、大和守安定を連れて俺の部屋に来た。
「私が至らないのが悪いのだけれど、うちは資金が不足していて皆に十分な数の個室を与えてあげられないの。今度から打刀の皆も相部屋で我慢してもらう事に…」
 心底申し訳なさそうな顔をする主を励まし、彼女を仕事に戻した後、俺は安定を見た。
「…久し振り」
 安定は相変わらず気難しそうな、複雑そうな顔をして言った。
「悪いね。僕も沖田君の刀だったって言ったら、じゃあ同じ部屋にって事になっちゃってさ」
「それは別にいーよ」
 清光だって、此処の資金繰りが上手くいっていない事は、良く解っている。何せ、この時はまだ、彼が主の一番近くに居たのだから。
「ちょうど衝立もあるし、俺一人にはこの部屋、広すぎかなって感じだったし、半分自由に使いなよ」
「…ありがと」
 安定とは、沖田君の所に居た頃も、特段仲が良かった訳ではなかった。特段、仲が悪い訳でもなかった。大切なビジネスパートナー、そんな単語が一番的確に二人の関係を表していると思っていた。

 清光が次に安定を見たのは、翌日の朝餉の時だった。
「おはよう清光」
 燭台切が作った朝餉を行儀良く食べながら挨拶してくる。清光は彼の隣に座って箸を取った。
「どうしたの? 機嫌悪いじゃん」
 安定が振り向くと結った髪から石鹸の香りが散らばる。つい今しがた湯浴みしてきた事がはっきりと判るその匂いが、清光を苛立たせているとは知らずに、無邪気で残酷な笑みを浮かべる。
「…べっつにー」
 今日は安定も清光もこれから出陣だ。どうせこれから汗や血で汚れるのに、潔癖症でもない安定が朝風呂に入る理由は一つしかない。
「主とヤッてんの?」
 出陣する準備を部屋でしつつ、とうとう堪え切れなくなって尋ねた。
「……してるけど、それが?」
 事も無げに答える安定の頬を張り飛ばしたい衝動をなんとか抑え、震えかかった声で清光は続ける。
「ふーん。えらく愛されてるねえ安定」
「…何が言いたいの」
「ま、主も人間、俺達も今は人間の身体を持ってる。余所では主が刀剣の処理をしたり、刀剣同士で処理するのも珍しくな…」
「黙れ!!」
 自分でも何を言っているのか解らなくなっていた清光を、安定が突き飛ばした。部屋の奥の襖に背中を打ち付け、ボン! と大きな音が木霊する。
「主を侮辱したら僕が許さないよ」
 そう言うと安定は肩を怒らせながら部屋を出ていく。暫く呆然としていた清光は、徐々に自分が言った事の意味を理解してきた。
(主を侮辱しようとした…)
 主は、形振り構わぬ他の審神者やその元に居る刀剣達とは違うのだ。主は誰にでも体を許す訳ではない。そんな事、最初から側に居る自分自身が一番良く知っていた筈なのに。
 そしてその分、主が安定を愛している事、安定が主の気持ちに応えられる事実が胸に突き刺さる。
「主…」
 清光は自分でも自分の気持ちが解らなくなってきた。主が自分ではなく、安定を選んだ事が悔しい。それはそうなのだが、先程突き飛ばされた時の安定の顔が焼き付いて離れない。
 安定は戦場に出ると人が変わる。まるで敵に刃を向けている時の様な、凶暴な表情だった。
 あんな顔を自分に向かってできるなんて。自分はそんなにも彼を怒らせてしまったのか。
 そのまま襖にもたれて座っていると、隊長の鯰尾が探しに来た。
「清光」
 許可も得ずに部屋に入ってきて、清光に手を差し出す。
「出陣だよ」
 清光は鯰尾の事も憎かった。自分より後に来て、自分より弱いくせに、主から隊長を任されるようになったこの脇差が。
「今日は安定は出さない事にした。代わりに光忠が出てくれるよ」
「なんっ…」
「安定って名前なのに、彼は感情が不安定な事がありますからね。…そんな状態で戦場に出てほしくない」
 廊下を歩いていた鯰尾が、突如足を止めて振り返る。
「集中できないなら君も畑当番と代わってもらうよ。俺達の存在意義は、主の目的を達成する事をサポートする事」
 鯰尾の濃い紫色の瞳が清光を捉えた。
「君のその自分中心な考え方が直らないなら、いつまで経っても隊長に戻れる事は無いと思いますよ」
 そう言い放って再び歩き出す。そうだ、鯰尾の言う通りだ。
「…出るよ」
 清光は刀を握り締め、一先ず安定の事は頭から追いやった。

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