宇宙混沌
Eyecatch

第4章:


 私ね、安定が居てくれたら、歴史なんてもうどうでも良いかな、って、思ってきちゃった。

 その日、近侍として主の仕事を手伝っていた安定は、そんな主の言葉に丸い目をさらに丸くした。
「えっ、どういう意味…」
「そっ、そのままの意味!」
 まだあどけなさを残した顔が、みるみるうちに赤くなる。
「それは、つまり…」
「安定の事が好きなの」
 恥ずかしがる主の様子に、恋を知らなかった安定も顔が熱くなる。
 これは、噂に聞いた、愛の告白というものなのでは?
 最初に言われた言葉に深い意味と危険な思想が孕まれている事にも気付かず、安定はやっと自分を愛してくれる人を見付けた喜びに有頂天になる。
「居るよ。側に」
 安定は文机に向かっていた主の隣に移動し、その薄くて小さい手を取った。
「主が僕を、望んでくれるなら」

 安定達はその日の内に結ばれた。これまで行き場の無かった、手に余る欲情を向ける先が見つかったのに、それを抑え込むなんて馬鹿らしいと思っていた。主だって拒まなかったし、寧ろ、彼女の方から求めてくる日もあった。
 主の身体は、安定のものとは全く違っていて、その知らない事を自ら紐解いていくのがどうしようもなく快感だった。細い腰も、白い肌も、柔らかい肉も…それらが全部安定の意のままになる事に優越感の様な感情を抱いた。
 何より、彼女と共にする夜は、沖田の夢を見て苦しむ事も無かった。
「ねえ安定」
 主が安定の上の天井を見詰めながら言った。
「何?」
 主の夜の護衛も近侍の役目だ。今この無防備な状態で襲われたら非常にまずいが、本丸に奇襲をかけられる程、相手は強くないというか、それ相応に安全な場所に本丸はある。他に主の寝所の近くに寄る者は居ないので、声を憚らずに会話や行為を行えるのは有り難かった。
「……何でもない」
「……」
 主はいつも何か言いかけては止めて目を伏せた。尤も、行為の最中に深く考える余裕も無く、安定は気が済むまで主の身体を愉しんだ。
 主と、使役される身分の違いなど気にも留めなかった。自分がこの最上の快楽を、主の愛情を独り占めしていると知れたら、他の奴等が嫉妬するだろうか? いや、されたところで、どうだというんだ。主は自分を愛し、自分はそれに応える。その関係に文句を言う奴は、主の意向に背く奴だ。
 そう、思っていた。

『えらく愛されてるねえ安定』
 清光の声が聞こえた気がして、驚いた安定が目を覚ますと、野営の為に張った天幕が目に飛び込んできた。
「夢…」
 心臓がばくばく言っている。恐怖や緊張を感じると胸の辺りが跳ね上がる感覚は、未だに慣れなかった。
 眠っている間に見たり聞いたりする、この夢というのも嫌いだ。大抵、こうやって悪夢なのだ。一番よく見るのは…前の主が冷たくなっていく所だった。
「起きたか」
 まだ未明の様だが、山伏はもう外で朝食の準備をしているらしい。
「今日はかなり歩く。しっかり食べて……」
 天幕を少し上げて顔を覗かせていた山伏の向こう側に、冷たい目とキラリと光る切先が見えた安定は、最早彼の言葉を聞いてはいなかった。
「伏せろ! 山伏!!」

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