第5話:一期一振は心配事が多い [1/4]
「いやはや、まさか鶯丸殿もいらしてくださるとは」
「久々だなあ。大包平には会えたか?」
「まだだ。まあ、きっとそのうち会えるさ」
ズズ、と鶯丸は茶を啜る。此処は粟田口の大部屋。冬にはこたつにするテーブルを囲んで、本霊が同居している三振は雑談していた。
「二人はいつ此処に来たんだ? 慣れないから色々教えてくれ」
「私は三月でしたか」
「俺は八月だ。だが、二週間前に新しい審神者が来たばかりだから、俺達も不慣れと言えば不慣れだよ」
「はは、そうか」
鶯丸は空になった湯呑みに自ら茶を追加する。
「……どうされたんです? 鶴丸殿」
左の一期が言うので、右の鶴丸を見る。鶴丸は腕を組んで何やら思案顔だ。
「うーん、この面子、誰か一人足りてない様な……」
「平野でしょうか?」
「お呼びでしょうか?」
兄の声に反応し、鶯丸の向かいにちょこんと平野が腰を下ろす。鶯丸が笑いかけると、上品な微笑みが返ってきた。
「……いや、これはいつメンというやつだ」
「おや、平野ではありませんでしたか」
「うーむむむ、何故かは解らんが此処に江雪が居ればしっくりくる気がする」
そう言った直後、鶴丸は失言だったと口を手で押さえる。平野はそっと、悲しそうな顔をしてその場を去った。
「どういう事だい?」
鶯丸の問いに、一期は言葉を濁す。
「えっと……その……」
「すまん。この本丸では江雪左文字の話は禁句だ」
「……そうか」
鶯丸は、それ以上は何も訊かなかった。話題を変える。
「ところで、一期には想い人が居ると聞いたぞ」
「どなたから!?」
「俺だ」
一期は身を乗り出し、鶴丸のほっぺたを摘んで伸ばす。
「いひゃひゃ、まふぇまふぇ」
一期の指を振り解き、鶴丸は彼の闘争心に火を付けた。
「うかうかしてると他の奴に取られるぜ。伽羅坊も光坊も、冷戦状態に入って争う姿勢だからな」
「主に夜伽を?」
小夜は目を丸くした。昼餉の片付けの後、突然大倶利伽羅が部屋を訪ねてきたと思ったら、そんな事を言い出すのだ。
「すれば……良いの? 僕が」
「違う! ……なんかすまん……」
どうやら大倶利伽羅の言葉足らずの所為で誤解したらしい。
「え? 大倶利伽羅さんがしたいの?」
一瞬意外そうな顔をしたが、聡明な小夜は暫くしてこう話し出す。
「そうですね……おかしな事じゃない」
小夜は刀掛けを振り返る。静かに佇む、漆塗りの拵え。
「僕は肉体が子供だからそういう欲は沸かなかったけど……僕が江雪兄さまに抱いていたのも、今思えば恋慕の情だ」
そもそも、付喪神は精神体である。それぞれ男の肉体を与えられ、同じ者の手から生み出されたという事で兄弟を名乗ったりしていたが、元はと言えば何の関係も無い魂同士。誰にどんな感情を抱いても、おかしい事など何も無い。
(江雪兄さまだって、前の主が女だったから愛した訳じゃないと思うし、ひた隠しにしてたけど、本当は早く触れたかったんだろうね……)
前の審神者の夢を見て、彼女の名を呼んでいた兄を想う。
その願いが叶って、彼は今、幸せだろうか。
「小夜……」
「夜伽の方法だっけ? マニュアルに一応説明はありますよね」
小夜が言っているのは、刀剣男士の傀儡、要は人間の肉体の扱い方のマニュアルだ。呼吸や食事等、人間の生命活動の維持に必要な事が解説されており、勿論性教育の項目もある。
「それとも誘い方の問題?」
こういう事に関しては短刀の方が詳しい。大倶利伽羅が顔を赤くして頷くと、小夜は不思議そうにした。
「燭台切さんには訊かないんですね。彼、短刀と仲が良かったなら知ってるんじゃ?」
「……訊けない」
「?」
大倶利伽羅は俯く。
「光忠と……一期もライバルだ……」
「……神隠しは、やめてくださいね?」
大倶利伽羅はこくりと頷いた。
自分の想い人を……兄を神隠ししてしまった小夜の言葉は、重い。
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