宇宙混沌
Eyecatch

第11章:一期一振は唯一の存在にして [5/5]

 一期は頭を抱えた。鶯丸が頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「どうした?」
「この役目、務まりそうにありません!!」
 言って土下座する一期に慌てて事情を尋ねる。
「実は……その……接吻は…………先日致したのです……」
「ああ、言葉のあやだ、別に接吻すれば良いという訳ではない」
 大事なのは、一期がひたむきに審神者を想う事、そしてそれを審神者が受け入れる事だと説明され、とにかく事実確認だけでもしてこいと部屋を追い出される。一期は不安を抱いたまま、審神者の離れの前へ。
「夜分すみません、主」
「ん?」
 結界の境目から寝所に向かって声をかけたが、審神者の声は離れを囲む廊下から聴こえた。
「起きていらっしゃいましたか」
「目が覚めた。急ぎの用事?」
 平静を装っているが、警戒している声色が隠せていない。一期は膝を突き、まずは先日の無礼を詫びた。
「あー……良いよ別に。煽った俺も悪かったし」
 言って審神者は結界から出てくる。黙って執務室の方へと向かうその背を、一期は追いかける。
「主」
「何か話があるんだろ? こんな時間に訪ねて来るって事は」
 様子からして夜這いではなさそうだし、と付け加える。
(本当に、何もかもを見透かすお方だ……)
 先日まで寝室として使用していた部屋に座布団を並べ、向かい合う。隠し事など通用しない。単刀直入に訊いた。
「主は既に、博多や鶯丸殿達が政府の差し金である事はご存じで?」
「ん」
 まあこんな本丸をほっとく事は無いだろう、と諦念を示した。
「左様でございますか。では、私がお尋ね申し上げたい事は何かと言いますと、鶯丸殿の提案でございます」
「今更改まらんでも」
 堅苦しい口調に審神者は辟易した。つい先日、この部屋で自分を脅したのは何処のどいつだったか。
 一期はそれでも調子を変えずに続ける。彼の逆鱗に触れなければ良いのだが。今は神力が無いとはいえ、彼は自分の魂と、複製された刀を繋ぎ留めている審神者だ。彼の意思一つで「一期一振の分霊」という自身の存在は危うくなる。
「主……その、貴方をお守りしている神の元を、離れる気はございませぬか」
 長い沈黙。背を向けたまま何も否定しない審神者の様子を、一期は肯定だと取った。
「主」
 自分よりも背が高い彼の背中を包み込む様に手を伸ばす。審神者は逃げなかったが、その身体は小刻みに震えていた。
「俺が一番思い出したくなかった事だ」
「ええ」
「一番知りたくなかった事」
「そうでしょうとも」
 震える手を抑える様に、審神者の手の甲に自分の手の平を重ねる。審神者は深く息を吐いた。
「失敗したら死ぬな」
「……おそらく」
 だが、この震えは死への恐怖からくるものではない。
「俺があれを運ばなくなったら、あれはどうなる?」
「鶯丸殿が……政府がよしなに計らってくれるでしょう」
「……あれが俺を守ってくれなくなったら?」
 疎ましい事の方が多かった。契約などしなければ良かったと思った事も何度かある。二十年間、他のトラウマと共に見ないようにしてきた過去の過ち。
「私が、お守り致しましょう」
 審神者が首をもたげて振り返る。怯えた表情。一期は審神者を向かい直させると、顔を近付けて囁いた。
「主、肉欲だけが愛ではないのです」
 審神者は俯く。一期は続けた。
「利害感情だけが信頼でもありません。私は、」
 一拍、息を吸ってから言い切った。
「何が起ころうとも、最期まで貴方のお側に居る事を誓いましょう」
 例え貴方が醜くても。貴方が道に迷い踏み外す事があろうとも。その弱さをこの身で支えさせてほしい。
 ただそれだけだ。もう、彼の情愛など求めてはいけない。それを理解した今、自分に出来る事は。

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