第7話:しがみつく [2/4]
「何から話そう」
小夜は困った様に皆の顔を見渡した。時間が無いが、話すべき事が多過ぎて頭の中が纏まらない。
「…もしかして、主はもう生きていないのかい?」
まだ話されていない事の内容を指定しろとは無理な話だ。そんな中、助け舟を出したのはにっかり青江だった。
「そうよ」
主が短く答える。
「ああ、道理で。死人の臭いがすると思っていたんだ」
青江は自分の不安が単なる杞憂ではなかった事に納得する。説明は小夜が引き継いだ。
「主は、歴史改変によって生き延びていたんだ。本当ならもうずっと前に亡くなっている筈のところをね」
話を聴いていた者達が息を呑む。しかし、あり得ない話ではない。
「主は自分の人生を改変する事になった歴史修正主義者を探していた。口の固い山伏がその足となってね」
「じゃあ、兄弟は全部知って…」
「そうだと思うよ」
山姥切国広の言葉を肯定する。
「主が突然倒れたのは、山伏が成功したからだと思う。若くして死んでしまう、弱い身体に戻ったのさ」
「待って! 頭が追い付かない」
安定が額を押さえて目を見開いていた。
「主は死んでる…? じゃあ今此処に居るのは誰なのさ!?」
「僕に怒らないでよ。…言い争ってる暇も無いんだ。落ち着いて」
興奮する刀剣達が増える中、小夜はただ淡々と言葉を紡ぐ。
「歴史が再度、正しい道に修正された今…主はもう現世に戻る事は出来ない」
「存在してはならない、矛盾した存在となるからだね。戻ろうとすれば跡形も無く消えてしまうよ」
「本丸は歴史とは全く別の世界線上にあるから、大丈夫なんだ」
青江と清光がそれぞれ補足した。安定以外にも理解が追いつかない者も増え、混乱の波が広がる。
「これから、どうなっちゃうんですか?」
普段は自ら発言する事の少ない、五虎退がざわめきを押し破る。小夜は言い難そうに逡巡した。
「選ばなくちゃならない」
よく通る声が代わりに答えた。振り返れば、自室に居た筈の鯰尾が立っている。
「僕達の世界に戻るか……政府の駒になるかをね」
刀剣達の間を縫い、鯰尾は主の元へ。主はその顔を見て弱々しく微笑んだ。
「ありがとうね」
鯰尾も笑みを浮かべる。
「礼なんて、要りません。俺は貴方を恨んでますから」
喚び起こされなければ経験せずに済んだ悲しみの数々。所詮は己の欲の為に審神者となった者の為に何故、と何度絶望した事か。
それでも、今はこの審神者に召喚された身。霊力の拠り所である主に背く行動は出来なかった。
「…本当の事言わなくて、ごめん。皆も」
「…清光」
鯰尾は笑みを引っ込め、声のトーンを落として言った。清光はそれで理解したのか、自らの刀身を抜く。悲鳴の様な息を吸う音が複数聞こえたが、鯰尾の決意は変わらないだろう。
「最期に、言っとく事は?」
暗く重い表情をしていた鯰尾が、衝撃を受けた顔のままの弟達を見遣る。少しだけ、その頬が緩んだ。
「皆、ごめん…ありがとう」
清光が刀を振り上げる。長い黒髪が、清光の残像と共に散った。
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