お前が一番 [3/4]
「――ということで、聞かれてたかもしれないから今度から気を付けるんだぞ」
「それで今日は茶屋なのか」
もう両手で数えられないくらい体を重ねていた。もろはは通された部屋で、慣れた様子で布団に転がる。
「でも毎回金払えないだろ。もうちょっと人目につきにくい場所とかでいーよ」
「そうか?」
竹千代がもろはの衣を剥ぐ手付きも慣れたものだ。途中で隣の部屋から女の黄色い声が聞こえて、二人で飛び上がる。
「……声筒抜けみたいだし」
「そうだな……」
竹千代は自分の着物も取り払うと、もろはに覆い被さる。指で手早く濡らして、体を繋げた。
「いっつも思うんだけど、根元まで入ってなくない?」
「お前が背が低いのが悪い」
「頑張ったらあと一寸くらい入るんじゃねえの?」
「頑張るのはお前だぞ?」
言って竹千代が体重をかける。僅かに包める部分が増えた気もするが、もろはの奥にかかる力が強まっただけで、思わず苦しげな声を出してしまう。
「ほら~」
無理はさせたくない。ただでさえ、竹千代の寂しさを紛らわせる行為に付き合わせているだけなのだ。体を引いて、いつも通りの調子で動く。
「……竹千代はアタシで良かったのか?」
「へ?」
「たまたまアタシが身請けされたから、お前の嫁にって獣兵衛さんが思いついたんだろ。もしアタシが来なかったら、もっと良い相手がいくらでも居たんじゃねえの」
「話聞いてなかったのか? お前が一番なんだぞ」
言われて、もろはは竹千代を包む力を強めてしまう。自分で締めておいて、その刺激に声を漏らす。
「あっ、ひっ……なんで、アタシが」
「知りたければ房中術で口を割らせてみろだぞ」
意地悪に言って、竹千代は一度引き抜いた。もろはを四つん這いにして、再度宛てがう。
「まだ頑張る気あるか?」
「根元まで? ある」
「じゃあ望み通り。ありがたく思え」
もろはの中を硬いものが滑ってくる。それは向き合っている時よりもすんなりと入り込んで、もろはが最奥だと思っていた場所よりも更に深くを抉った。
「あっ、え? ちょっ……」
「別に俺そんなに大きくないんだから、体勢変えればなんとでもなるんだぞ」
竹千代が何か言ったが、もろはには半分も聞こえていない。魘されるかのように竹千代の名を繰り返して、快楽を逃そうとするもろはの腰を撫でながら、竹千代はその名を呼ばれなかったことについて思い出していた。
『菊之助を疎まないで』
それは呪いだった。
『母は先の上様の子を二人も産めて幸せでした。どうか母の死を弟の所為と思いませぬよう』
竹千代の母は、竹千代の弟を産んで間もなく死んだ。父はそれより先にこの世を去っていた。
『この母を愛したように弟のことも慈しみ、家臣や民達のことも蔑ろにせず、良き頭首であり続けてくださいますよう。上様』
亡くなる間際の言葉を、竹千代は今でも一字一句覚えている。幼い頃にかけられたその呪いは、将監にかけられたものとは違い、一生解けないのだと思っていた。
菊之助さえ生まれてこなければ、竹千代には今も母の後ろ盾があり、将監が担ぎ上げるにしても自分のはずだったのに。そんな愚痴すら口を衝いて出なかった。出せなかった。母が「菊之助を疎むな」と言ったから。
「何考えてんの?」
中を弄る勢いが落ちたからか、もろはが肩越しに視線を寄越す。
「……死んだ母上のことを思い出していた」
一度抜き、もろはをひっくり返す。添い寝するような体勢で三度繋がる。
「良いな~。お袋さんのこと覚えてるんだ」
「死ぬ間際の、寝ている姿くらいだけどな」
「そっか。じゃあなんて呼ばれてたかとかは覚えてないの?」
「上様」
「?」
もろはは聞き間違いかと思って、首を傾げる。竹千代は滑った口を塞ぐ為に、もろはの口を吸った。
(俺の身元を知ってもろはがどう思うかじゃない)
「お前は一人っ子だろ」
そのまま再び組み敷く。今日一番の激しさで突けば、もろはの頷きは返答なのか、刺激に対する反射的な動作なのか定かではない。
「俺もそれが良かったな」
(俺が知られたくないんだぞ)
出来ることなら一生知らないでいてほしい。良き頭首であり続けることもできず、そのくせ全てを捨てる覚悟も無く。中途半端なところで留まって虎視眈々と機会を待ちながら、具体的な策なんか一つも出てこない。
「あっ……」
出来るだけ外に出すようにしていたが、考え事をしていたら中で果ててしまった。
「ん、竹千代……」
慌てて抜こうとしたが、もろはの腕が首に回ってそれを阻む。されるがままに、もろはの胸に顔を埋めた。
こうして何も知らない女を抱く間だけ、全部――呪いさえも――忘れて、毒を吐き散らす。それしか能が無い男だなんて、知られたくない。
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