お前が一番 [2/4]
忘れられない娘が居た。
躑躅色の髪に碧の瞳。ちょこんと頭に生えた耳。整っているのに、にこりともしない顔。
「りおん」
その名を呼んで、理玖は歯噛みした。先程の、ただ腕の中の少女を見られまいと、自分を振り返りもせずに淡々と受け答えした竹千代の背中を思い出す。
また逃してしまった。また取られてしまった。どうして子供はすぐに大人になり、自分の手元に居てくれないのだろう。
川辺から少女の悲鳴のような嬌声が響いてくる。
(竹千代の奴、もう嫁にするのか)
それを咎める権利があればどんなに良かっただろう。自我が芽生えて二百年、理玖はずっとりおんの代わりを見つけては、いつも裏切られて失った。
自分の子供が作れたら、この腕の中にずっと居てくれるだろうか。しかしそんなことは木偶人形には夢また夢。
腹立たしい。今の理玖の気持ちは、そう表すのがぴったりだった。屍屋が女子を身請けしたと聞いてわくわくしていたのに、蓋を開けてみれば、子供同士で大人の階段を登り始めていた。
(おいらは子供でもねえけど、大人にもなれねえのに)
「お前が一番だったぜ、竹千代」
呟いて踵を返す。
これまでに手下にした中で、竹千代が一番物分りが良くて、一番素直に付き従ってくれて――一番短い時間で大人になった。
(いや、違うか)
彼は最初から「大人」だったのかもしれない。「大人」であることを望まれていたのかもしれない。
なんとなくそんな気がしたから、次に竹千代に会った時、理玖は竹千代が逆に子供返りしていることに、然程驚かなかった。
「無駄に花を千切るなよ」
屍屋の近くに姿を現すと、竹千代は子狸の姿で、手当たり次第草花を摘んでいた。近くに座っていたもろはが見咎める。
「お前が指図するな」
「もったいねえだろ。折角咲いてるのに」
「食うから勿体無くはないぞ」
「それ桔梗だろ? 食い過ぎは良くないぜ」
「じゃあお前にやる」
竹千代はもろはの元へ。肩によじ登り、髪を結っている赤い布の結び目に一輪挿す。降りてその頭を眺め、にっかりと笑った。
「似合わないな」
「うるせー。ったく、どうせ仕事してる間に落としちまうよ」
「もう行くのか?」
「送ってくれる?」
「いや店番あるし」
竹千代は人の姿になる。もろはも立ち上がり、一歩踏み出す。その細い手首を、竹千代が思わず掴んだ。
「何?」
「いや……気を付けて行くんだぞ」
「わかってるよ」
竹千代はすんでの所で我儘を言うのを堪えた。もろはの背を見送る視線に、理玖の感情は端から溶けていく。
竹千代があんな風に理玖に笑いかけたことがあったか。目の前で無意味な言動や反論をしたことがあったか。無償で何かをくれたことがあったか。別れを寂しがったことがあったか。どれも一度も無い。
それはまるで、自分が何をやっても笑顔にさせられなかったりおんを、他人が一瞬で笑わせたかのような感覚だった。
所詮竹千代は、自分の事を上客として見ていただけだ。そこに何らかの愛があったわけじゃない。
(おいらが愛されていたわけじゃない)
店の中に入った竹千代を追い、理玖は声をかける。
「理玖様。今日はどうされましたか?」
「金と銀の虹色真珠の捜索はどうなってる?」
「まだ持ち主を特定できていませんが、噂によると――」
竹千代の報告を聞き、話が途切れた所で尋ねる。
「お前さん、もろはとの共寝は毎日してるのかい?」
「えっ!? 急になんですかだぞ!?」
殺してやろうと思った。死んで然るべきだと思った。自分が囲ってる奴をその柵から脱走させようとする者なんて。自分には与えられない綺麗なものを独り占めする奴なんて。
「ちょいと気になっただけさ」
「別に毎日というわけでは……あれ? 俺、理玖様にもろはとの関係教えましたっけ?」
笑って誤魔化す。竹千代はそれで何か悟ったらしい。薄い警戒心が滲み出た。
「そう心配すんな。何ももろはを横取りなんかしねえよ」
理玖は愛している者しか殺さない。
「竹千代はもろはのどこが好きなんだい?」
「うーん、可愛いところ……」
「顔かい、結局」
だからもろはも、竹千代も、愛して愛して愛し貫いて、順番に天国に送ってやる。
竹千代は何か反論しようと口を半分開いたが、結局何も言わなかった。彼は大事なものは、誰にも見せずに奥深くにしまい込む性質だったから。
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