お前が一番 [1/4]
「好きになっちゃった」
髪や肌から水を滴らせて、もろはが言った。その頬が赤いのは、きっと夏の暑さのせいではない。
「は? ……え?」
竹千代は何を言われたのか解らず、困惑の声しか出せない。もろはは懇切丁寧に言い直す。
「アタシ、竹千代のこと好きだから、その……それ鎮めてやっても良いけど」
それというのは、先程川の中で素肌を重ねた所為で膨らんだ劣情だ。
(ハッ!? なるほどこれが甘い罠とかいうやつでは?)
別に犬の一族と狸平は敵対関係には無い。だがもろはは長らく厳しい社会の波に揉まれている。誰かに雇われて、竹千代の身元を探りに来たのかもしれない。
「一人でできるから服着てその辺で待ってろ」
「やっぱり痩せぎすだから嫌?」
眉を下げて上目遣いで問われると、弱い。劣情は膨らむ一方だ。
「いやそんなことは」
「じゃあ良いじゃん」
「待て。なんでそんな積極的なんだぞ」
まぐわって痛い目を見るのはいつだって女だ。例え相手を好いていようと、余程の覚悟が無ければ体を許してもらえないことくらい、竹千代も知っている。
「なんでって、したいから」
「俺もお前を抱きたいのは山々だけど、孕ませるのが心配なんだぞ」
「アタシ四半妖だからそう簡単に孕まないよ」
「えっ?」
「育ての親が教えてくれた。アタシの親父も半妖だから、何年も子供ができなく苦しんでたって」
(なるほど、そういうことか)
獣兵衛が竹千代にもろはを宛てがった理由を察する。確率的ではあるが、他の女よりは心配事が少なくて適任ということか。
「それでもお前が生まれてるんだぞ」
「でも五年くらいかかったって」
五年か。確かに、その頃にはもろはも良い歳で借金も大方返せているだろう。竹千代も、それまでに弟が元服するだろうから、何らかの形で決着が着いているはずだ。
でも。
「俺との子が欲しいんだぞ?」
本質はそこだ。存在を望まれない命を生み出すのは避けたい。
「男ならきっと優しくて男前だよ」
「女なら跳ねっ返りかもしれんが別嬪であろうな」
(まあ良いか)
もろはは竹千代を好きだと言った。その理由はわからないが、竹千代もそれが不快ではない。
「そこに寝ろ」
竹千代は持っていた着物を地面に広げて指示する。ぎこちなく座り込んだもろはを、竹千代は優しく押し倒した。
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