宇宙混沌
Eyecatch

第4章:あなたはわたしの、わたしはあなたの [4/5]

「というわけで、おいらは長らく本物のもろはに会えなかったんですよ」
「良かったわ、会わなくて」
 今や両親がもろはの両脇から防御を固めていた。理玖は苦笑したが、実際当時はそういう趣味だったので言い訳はできない。
「……なんで後半の話を理玖様が知ってるんだぞ?」
「いやあ、竹千代に伝え忘れた事があったんで店まで行ったら、なんか入りづらい話をしてたからさ」
「陰口全部聞かれてたんだぞ……」
「ちょっ、ちょっと待って」
 竹千代は落ち込んだが、もろはは慌てた。
「じゃ、じゃあその後の事も……?」
「ええ、聞いてやした。半刻ほど待ったんですが、終わらなさそうだったので途中で帰りましたが」
「つーことは途中まで聞いてたのかっ……!」
 もろはが床に突伏する。とわが声をかけた。
「え、ナニしたの?」
「多分とわが思ってるようなことじゃないんだぞ」
 竹千代は平然としていた。もろはだけが恥ずかしいらしい。
「そもそもなんで恥ずかしがってるんだぞ? 俺がお前の爪研いでただけなんだぞ」
「それが恥ずかしいんだよ!」
「わからねえな」
 犬夜叉も娘の思考回路を掴みかねる。
「俺の場合は、気付いたらいつもこのくらいの長さになってるけどな」
「戦ってる間に勝手に削れるんじゃない?」
 かごめもろはの背中の上で、犬夜叉の手を取って指を伸ばす。小傷はあるが綺麗な形だ。
「もろはの爪はもっと綺麗ね。表面もツヤツヤ。今も竹千代君が?」
「はい。足もあるから一刻はかかるんだぞ。妖気を流し入れないと、普通のやすりじゃ削れないし」
「そこなんだよ!」
 もろはが起き上がり、両親が繋いでいた手を解く。
「アタシは妖力を操るのが下手だから、ヤスリみたいな細かい道具に流し込んで使うみたいな器用なことができないんだよ!」
「あら、じゃあ小さい頃はどうしてたの?」
「菖蒲ねーちゃんや師匠にやってもらってた! 全部言わせるなよ!」
「別にそんな気にすることないって」
 とわが慰める。理玖は酒のお代わりを注ごうとして、空になっている事に気付いた。
「そろそろお開きですかね」
 会場を片付けて、皆散り散りに帰って行く。
「アタシ、そこまで竹千代送ってくる」
 別に良いんだぞ、と竹千代は言いかけたが、先程もろはとした約束を思い出して、口を噤んだ。
「……竹千代、」
「ん」
 月明かりしかない夜道、村の外れに来たところで、もろはが竹千代の名を呼んだ。竹千代は道の脇の木陰に飛び込むと、変化する。
「もっと明るいとこ来てよ」
「今度からはいつでも見せてやれるんだぞ。今は」
 竹千代はもろはの手首を掴んで引き寄せた。
「あの時みたいに抱き締めてほしいんだぞ」
 もろはは更に体を寄せて、腕を竹千代の背に回した。顔を胸に埋めると、竹千代の手が添えられて、上を向かされる。
「この顔が見たかったんだぞ? ……お前ちょっと色気出てきたな」
「竹千代はあの時と全然変わんねえな」
「もう老化止まってるからな。仕方ないんだぞ」
 もろはは少し寂しい顔をする。竹千代はその頬を撫でて、囁いた。
「もろはの歳に合わせて老けた変化でもしてやるんだぞ」
「お前いつまでアタシの傍に居るつもりだよ」
「その爪を研ぐ必要がなくなるまでだな」
 もろはは顔が熱くなる。この暗さだ、きっとわからないだろうと思っても、目を逸らしてしまう。竹千代は横を向いた頬に口付けた。
「!?」
「俺の今の夢は、お前の夫になることなんだぞ」
「……それ、手ぇ出してから言う?」
「こんなの手を出したうちに入らないんだぞ」
「そうかよ」
 もろはは腕に力を込め、背伸びをする。
「その夢も叶えてやるよ」
 今度はもろはから、竹千代の唇を吸った。
「これで今から竹千代はアタシの旦那ってことで」
「夫婦はもっとすごいこともするんだぞ?」
「受けて立とうじゃん」
 竹千代はもう一度口付けて、それ以上はやめた。もろはが帰ってこないと、両親が探しに来るだろう。
「続きは改めて犬夜叉様達に挨拶してからなんだぞ」
「親父は別にお前なら良いって言ってなかったか?」
「だとしても筋は通しておきたいぞ」
 もろはは笑う。
「竹千代は真面目だなあ。いつもそう」
 付き合うつもりが無かったのも、家の事が片付かない限り、自由の身ではなかったからだろう。もろはも借金を背負っていたのだから同じだ。
「もろはが適当すぎるんだぞ」
 そんな憎まれ口を叩きながらも、竹千代は幸福だった。「もろはの夫」という、自らを表す言葉を、やっと手に入れたから。

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