宇宙混沌
Eyecatch

第4章:あなたはわたしの、わたしはあなたの [2/5]

「へぇ。だから今日は女の姿なのか」
「これはもろはの姿なんだぞ」
 竹千代は理玖の刃を己の刀で受け流す。理玖は一歩飛び退いた。
「別嬪さんだな。間合いがいつもと違ってやりにくいや」
「それは俺も同じなんだぞ」
 だから稽古に付き合ってもらっているのだ。
「こんな可愛い女と一つ屋根の下で暮らしといて、手を出してないわけないよなあ?」
「ハァ!?」
「だから、乗せられるなって」
 理玖の刀が竹千代の目の前で光る。
「ヒィッ……」
 情けない声を出して、竹千代は腰を抜かした。
「ったく、刺客を[]った時はびびらなかったんだろ?」
「あの時は、なんか、負ける気がしなかったんだぞ」
「良い能力だよな。相手が自分より上か下か、見ただけで判別できるのは」
 竹千代は実力で勝る相手には決して怯えない。
「でももろはの時は判らなかったんだぞ」
「へえ。流石の竹千代も美女には目が眩んだか」
「理玖様!」
「冗談だって。とにかく、おいらもそういう目が欲しいもんさ」
(その目があったなら、おいらも止まれるだろうか)
 理玖には恐怖心というものが無かった。実際、彼が恐れるべきものはこの世に殆ど存在しない。大抵の事は理玖一人の力で方が付く。
「理玖様は、大抵の者よりお強いですから、見分ける必要など無いかと」
「麒麟丸はどうかなあ。あと殺生丸」
 彼等の事は恐れるべきだ。そして従うべきだ。頭では解っていても、もう止められないのだ、今更。
「……あの方々は別格では」
(え、まさか、理玖様は……)
 竹千代は彼の真の目的を知らない。ただ四凶を殺せとだけ命じられている。
(同朋である四凶に賞金を懸ける時点で、怪しいとは思っていたが……)
 君子危うきに近寄らず。客の事情は詮索しないに限る。竹千代はそれ以上は深入りしなかった。
 理玖は刀を仕舞う。本題に入った。
「で、竹千代様はそんなおいらの力添えが欲しいと」
「様付けは止してくださいだぞ。力添えというか、少し助言を戴けるだけでも」
「狸穴島を将監から取り返す為の平和的解決方法ねえ」
 理玖は近くの岩に座って足を組む。
「ま、聞く相手を間違えてらあ」
「……ですよね……」
「将監はともかく、満月狸とやらはお前等普通の妖狸よりも、もっと格の高い妖怪というか、精霊に近い奴だろ。話が通じるとは思えねえな」
「ですよね……」
「だが、おいらは竹千代が戦をやめてくれて嬉しいぜ」
 理玖は再度立ち上がり。地べたに座り込んだままの竹千代の顎に指を当て、顔を上げさせた。竹千代はもろはの顔のまま、その美丈夫を見つめる。
「理玖様?」
「何故なら、お前のことはおいらが殺したかったからな。戦で討死[うちじに]なんて、ましてや切腹なんかで死なれちゃ困る」
「理玖様、何を、」
「おいらが何故お前らに四凶退治を依頼してるのか、解ってるよな?」
「……嫌い、だから」
「ああ、そうさ。でも逆に言えば」
 理玖は竹千代に顔を近付ける。竹千代は目を逸らそうとしても、その深緑の瞳から目が離せない。
「愛してる奴のことは、この手で殺したいんだよ」
 初めは意味が解らなかった。だが竹千代の頭の中で点と点が線で繋がると、急に恐怖が沸き起こる。
「おっと」
 竹千代は理玖の胸を突き離して距離を取った。切っ先は向けないが、いつでも向けられるように刀を握り直す。
「俺のこと、理玖様が自分で殺す為に育ててたんだぞ?」
「半分は。もう半分は、四凶や他の奴等に殺されないように」
「……俺どうすれば良いんだぞ?」
 竹千代は再び混乱してきた。愛しているから殺す? というか、その愛には自分への愛も含まれるのか。理玖にとっての竹千代は、ただの小間使い程度だと思っていたが。
「まあ落ち着けって。虹色真珠を集め終わってからの楽しみに取ってあるんだ」
「虹色真珠?」
「時が来たら説明する」
 少なくとも今すぐ殺されるということはないらしい。竹千代にとっても、理玖が近くに居ることは多くの利点がある。暫くはこの関係を続けるか。
「理玖様」
 竹千代は帰ろうとした彼に、はっきりと伝えた。
「万が一にでももろはに手を出したら、いくら理玖様でも許さないんだぞ」
 理玖は無言で耳飾りを弾く。麒麟丸の船の自室の椅子に、深く座った。
「やれやれ。竹千代[あいつ]もとうとう大人[おとこ]になっちまったな」
 最初から、自分が何かを与えることに期待するなとは言っていた。それでも縋り付く手が離れた瞬間は物寂しい。
「許されなくったって、まとめて殺すだけさ」
 子供は可愛い。竹千代も、もろはも、虹色真珠を持っているだろう殺生丸の娘達も。みんな皆、愛している。
 その愛が本物かどうかなんて、問うことすらその時の理玖には出来なかった。

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