宇宙混沌
Eyecatch

影の世界 [5/9]

影の世界

 目覚めたもろはは身を起こすと、自分の足に重りの付いた枷が嵌っているのを確認した。引きずって歩くことは出来そうだが、城から逃げ果せるのは無理か。
「起きたか」
 屏風の向こうに居た、白小袖姿の竹千代が気付いてやって来る。
「今何時? この城窓が[]えから、昼なのか夜なのかわからねえ」
「あれから一刻程しか経っておらぬぞ」
「そう」
 もろはは火鼠の衣を着せられていたが、妖力が出せないので、今はただの袖無しの服だ。自分を抱きかかえる。
「寒い」
「何か着物を持って参れ」
「ハッ」
 竹千代が部屋の外に向かって声をかけると、すぐさま返事がある。
「お前は寒くないのかよ、そんな薄着で」
「妖怪なのでな」
「つか、なんでお前の寝所に連れ込まれてるんだよ。地下牢あるだろ」
 そこなら鍵を壊して逃げられたのに、と以前捕まった時のことを思い出す。
「さっき失敗したんだぞ」
 さっき、と言われて、何をしていたのかを思い出した。後退ろうとしたもろはの腕を、竹千代が掴む。
「毛でお前を埋めて危うく殺すところだった。流石に死体とまぐわう趣味は無いのでな」
 言いながら竹千代の手は、衣の上からもろはの体の形を確かめる。
「やっ、まだする気かよ……」
「具合が良ければそのまま貰ってやっても良いぞ。狸ではないから北の方には出来ないが」
「別になりたかねえよ」
(とにかく情報収集だな)
 なんとかして元の世界に戻らなければ。もろはは腰紐にかけられた竹千代の手に、自分の手を重ねる。
「竹千代様さあ、どうやって殿様になったの?」
「先代の、俺の父上が死んだからに決まってるだろ」
「邪魔してくる奴とか居なかった?」
「山のようにな。皆この手で嬲り殺してやったぞ。お前も殺されたくなければ――」
「狸穴将監も?」
 竹千代の瑠璃紺の目がもろはを睨む。
「何故それを知っている? あの件は内々で処理した。外に話が回っているはず――」
「いや、アタシの世界では、将監を退治したのアタシだからさ」
 竹千代はもろはから手を離し、座り直すと額に手を当てた。
「アタシの言うこと信じる気になった?」
「いや、まだだ。誰かが情報を外に漏らしたかもしれない。それにお前があの『もろは』ではなく、人違いで捕らえてしまった可能性もある」
「だったら解放してくれよ」
「嫌だぞ」
 竹千代は再びもろはを組み敷く。
「お前のような別嬪を抱く機会、この俺でもそうそう無いだろうからな」
「えっ、そんな……」
(駄目だ、倫理観がぶっ壊れてやがる)
 本当に竹千代なのかと、何度目かわからないが疑った。しかし声も、匂いも、確かに竹千代で、気を抜くと許してしまいそうだ。
「!!」
 油断していると大きく胸を開けられて、羞恥心がもろはの目を覚ました。
「竹千代!!」
(助けてくれ!)
 続いて襲ってきた恐怖が叫ばせる。呼んだのは、目の前に居る男のことではない。
「……そこまで怖がられると興が醒める」
 竹千代にもそれは伝わった。確かにこの女が元居た世界では、二人は相棒なんだろう。こんな時に助けを求めるくらいには。
(俺は生まれてからずっと、独りだ……)
 竹千代の物心がつくかつかないかという頃に、父母は立て続けに死んだ。狸平が築いた妖狸の社会を乗っ取ろうと、様々な妖怪が手を変え品を変え、幼い竹千代を狙った。
 将監が菊之助を擁立したことで、ついに家臣ですらも信用できなくなった。将監を縊り殺し、菊之助を遠くへ追いやり、家臣達へは恐怖政治を敷く――そして残ったのは、年若い暴君のみ。
「若君様、着物をお持ちしました」
「そこに置いておけ」
 竹千代は立ち上がり、着物を取りに行く。雑にもろはに被せると、その隣に背を向けて寝転んだ。
「……竹千代……」
 返事は無い。
 この竹千代は、自力で敵を城から追い出した。しかし当の本人は、この城から逃げられないのだ。
 もろははその背中から滲み出る孤独感に堪えられなくて、寝てしまおうと目を瞑った。
「お前の世界での俺の話をしてくれ」
 しかしすぐに起こされる。竹千代はもろはを向いて肘をつき、瑠璃紺の瞳でもろはを覗き込んでいた。
「竹千代の話?」
「何処で知り合ったんだぞ?」
「えー、その話するのかよ……」
 しかし、竹千代の気が変わってまた脱がされるよりはマシだ。渋りつつも話を始めると、どちらからともなく夢の世界へと落ちて行った。

闇背負ってるイケメンに目が無い。