光の世界
「見えてきたぞ」
竹千代に言われて、夕闇が迫る水平線を眺めていたもろはは前を向いた。狸の形をした島が、やっとその形がわかる程度の距離に来ている。
「おおっ、久しぶりだな」
「一年ぶりくらいだぞ」
伊予に旅立ってから初めての帰省。他の面子は船で武蔵に直帰したが、竹千代ともろはには、他にも寄りたい場所がある。狸穴島に屍屋――もろはの父母の元へはその後だ。
「着いた着いた~」
速度を落としつつ、城の近くまで竹千代は飛び続ける。もろはは降りる準備をしていると、懐から紅を滑らせた。
(やべっ)
追いかけようとして、そのまま頭から自分も落下する。竹千代は、背中が急に軽くなったことで異変に気付いたが、急には進行方向を変えられない。
「もろは!!」
落ちたと思われる場所へ急ぐ。曲がりなりにも四半妖、死んではいないだろうが骨くらいは折るかもしれない。
「もろは!」
子狸の姿に戻って森を探していると、赤い衣が目に入る。
「痛って~」
「無事か!? まったく、気をつけ――」
その言葉は、喉元に沿えられた刃の冷たさに途切れる。その刀を握っているのは、目の前のもろはだ。
(は?)
理由を探す前に、反射的に後ろに飛び退く。
「ちっ、速いな」
「どうしたんだぞもろは。頭打って気が触れたか?」
「たんこぶできたけど正気だよ。お前、竹千代だな? 狸平の当主の」
「…………」
何を言われているのか、竹千代にはさっぱりだった。
(毎日呼んでる名前を忘れるか? それに、俺はもろはの目の前で、家督を菊之助に譲ったぞ)
やはり頭を打っておかしくなったのか。困惑する竹千代の目に、刀が反射した光が入る。
「その命、頂戴する!」