第1章:あのこはだあれ、わたしはだあれ [4/4]
「お前、生みの親のことは知らないんだぞ?」
竹千代は帰路に就きながら、もろはを振り返らずに尋ねる。
「顔も声も覚えてねえんだよな。でも名前は知ってる。犬夜叉とかごめって言うんだって」
「犬夜叉」
驚いて振り返った竹千代と目が合い、もろはは何故か頬が熱くなる。
「なるほどな」
竹千代は深く納得した。犬夜叉の娘には手を出すな――妖怪達の間で囁かれている噂くらい、竹千代の耳にも入っている。
(理由はこの強さなんだぞ)
「竹千代は?」
「え?」
「竹千代の親はどうしたんだよ。五年前からってことは、下手すりゃ今のアタシより小さい頃から賞金稼ぎやってるんだろ? あ、妖怪だから実はもう何十年も生きてる?」
「いや、今年で十七になるんだぞ。父上と母上は……俺も物心つく前に死んだ」
「そっか。ん? じゃあ親が死んでから屍屋に来るまでは、どうやって暮らしてたんだ?」
(次から次へと、よく思いつくな)
竹千代は腰の刀を握り締め、足を止めて振り返る。
「気になるか?」
「うん」
「知ったところで、腹は膨れないんだぞ」
「でもさ、仲良くなれるかもしれないだろ?」
「逆に悪くなるかもしれないんだぞ」
「昔の事を言いたくないなら、これからの事でも良いよ。将来の夢とかさ」
無邪気な笑顔に、竹千代は正直腹が立った。
「夢か……」
そのような希望に満ち溢れた響きは似つかわしくない。竹千代の望みは、狸平を狸穴将監からこの手に取り戻すことだ。その為なら、血を流す事だって厭わない。好きな奴のも嫌いな奴のも、もちろん自分自身のも。
(理玖様は戦を嫌うが、民は今も将監の圧政や重税に苦しみ、貧しさで死に追いやられている)
だが課題は山積みだ。まず、竹千代自身に戦の準備が無いこと。人並みに刀が振るえても、それだけでは軍や群衆を率いることはできない。竹千代が戦える時間は限られているし、相手には城という地の利もある。
次に、当主不在の理由については、「狸穴島の財政難の原因は竹千代で、家老達によって追放された」と民衆に伝えられているらしい。まずは濡れ衣をどうにかしなければ、狸穴島の住民は竹千代に刃を向けるだろう。
(最悪濡れ衣はそのままでも、俺自身が十分に強くなって、狸穴の外から強者を引き連れて――)
「おーい竹千代。なんだよ急に黙って」
もろはが頭蓋骨を弄びながら、竹千代の目の前に回る。
「……何でもないんだぞ」
「じゃあ早く帰ろう。お前もそろそろ変化解けるだろ?」
もろはは跳ぶように軽やかな足取りで屍屋を目指す。
「これ幾らになるんだろ? 一両くらい?」
「戯け、そんなになるか。それに手伝ったのだから、幾らかは俺が貰うぞ」
「はぁ!? お前が勝手に雑魚蹴散らしただけだろ!」
「一人で仕事ができるんなら、明日からは一人でやるんだぞ」
「言われなくてもそうするよ! んべ」
もろはが舌を出したのを竹千代は見ていなかった。竹千代は木々の間から見える空を見上げて、己の首に手を当てる。
(俺の首には幾ら懸かっているんだぞ?)
弥勒法師が屍屋に竹千代を預けたのには理由がある。殺しの仲介をしているのだから、竹千代暗殺の依頼が何処かでなされれば、獣兵衛の耳、そして竹千代の耳にも入り、構えが出来るだろうとの配慮だ。
しかし五年間、その様な噂は聞こえなかった。突然襲われたといった事も無い。まるで狸平に忘れ去られてしまったかのような暮らしに、竹千代の焦燥は募った。
(早く帰らないと、俺は……)
自分が何者なのか、解らなくなってしまう。
「あー! やっぱ駄目駄目!」
前を歩いていたもろはが叫んで振り返る。
「骨だけにする術教えてもらわないと、生首なんか持って帰れない!」
竹千代は溜息を吐く。丁度時間切れだ。子狸の姿に戻り、もろはを高圧的に見上げた。
「指導料はたっぷり戴くんだぞ」
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Written by 星神智慧