宇宙混沌
Eyecatch

第1章:あのこはだあれ、わたしはだあれ [2/4]

 屍屋に身売りされた後、その日は仕事が無いとかで、もろははぼんやりと店に座っていた。獣兵衛はもろはの為に、買い出しやら仕事探しやらに出掛けてしまった。留守番を言いつけられた以上、勝手に何処かには行けない。
「……んだよ、客なんて全然来ねえじゃねえか」
 そう漏らした矢先、声が聞こえてきた。段々近付いてくる。
「俺はまだやれるんだぞ!」
「無理すんなって。誰しも得意不得意があるんだからさ。お前は他で十分役に立ってくれてるし」
「でも! 俺は――」
「『もっと強くなって全部取り戻したい』って? もう聞き飽きたな、それは」
(なんだ、言い争いか?)
 もろはがハラハラし始めると、声の低い方が続ける。
「お前のやり方じゃ、沢山の血が流れるんだぜ。好きな奴のも嫌いな奴のも」
「理玖様がそれを仰るのですか」
「おいらの話はしてねえ。お前はそれで良いのか」
「……民の血はもう流されているのです。戦だけが民を殺す訳ではありません」
「だとしても、先代が生涯かけて築き上げたものを、そうやすやすと崩そうとするんじゃねえよ」
「崩したのは俺じゃないんだぞ!」
「保てなかったのはお前だ、竹千代。このままじゃあ、お前も将監[ヤツ]の言う通り、本当の『大悪人』になるぜ」
「理玖様!!」
 突然、片方の匂いが消えた。もろはが困惑していると、啜り泣きと共に、残された方が屍屋に入ってくる。
「あ……」
 竹千代と呼ばれた少年はもろはの声に気付いて顔を上げた。目と目が合う。
「これは、お見苦しいところを」
 竹千代は小袖で涙を拭い、もろはに微笑みかける。瑠璃紺の瞳は鋭いが、整った顔貌をしていた。もろはは見てはいけないものを見てしまった気持ちと、どこか恥ずかしいような気持ちがして下を向く。
「今日はどのようなご用件で? 獣兵衛様は――」
「そいつは客じゃないぞ。さっき身請けした新入りだ」
 竹千代の言葉の途中で、獣兵衛が帰って来る。
「なんだ」
 言って竹千代は笑みを引っ込めると、ひょいっと跳ぶ。もろが腰掛けている隣に着地したのは、小さな妖怪だった。
「うわっ!?」
 もろはが驚いて跳び退く。
「何だよお前!?」
 人間ではなかったのか。不思議な姿を観察するが、さっぱり解らない。
「見て判らないのか? 俺は狸なんだぞ」
 竹千代は短い腕を組んで胸を張る。
「狸ぃ?」
(首から下はただの小さな人間じゃねえか。まだ半分変化してやがるのか?)
 と、まじまじと見ていると、もろははその背に隠れていた大きな尻尾に気付く。なるほど、紛れもなく妖狸らしい。
「そういうお前は何なんだぞ。えらい別嬪に化けてるが」
 別嬪、と言われ慣れないことを言われて、もろはは勢いを失う。
「アタシは、犬の四半妖……」
「化けてるんじゃないのか。両親はさぞ見目麗しかったのだろうな」
「知らない。アタシずっと妖狼族に育てられて――」
「話はそこまでにしろ。もろは、お前竹千代が入ってきた時に何も言わなかったのか? 店番を頼んだはずだが」
 獣兵衛が割り込み、指導する。もろはは不貞腐れたが、何も言えなかったのは本当なので頷く。
「なんか喧嘩してたから……」
「喧嘩?」
「別に喧嘩じゃない。理玖様[あのおかた]が店の前まで来られたんだぞ。帰られたけど」
「そうか。あまり機嫌を損ねるなよ」
「承知なんだぞ」
 獣兵衛は荷物を置いて、二人に指示する。
「もろは、こっちは居候の竹千代だ。賞金稼ぎの先輩後輩として、色々教えてもらえ」
「え、何勝手に決めてるんだぞ。というか獣兵衛様、こいつは一体――」
「直接訊けば良いだろ」
(さっき話はそこまでにしろって言ったの誰なんだぞ)
 竹千代は獣兵衛を睨んで、それから再びもろはを見る。もろはも竹千代を見下ろしていた。
(菊之助と同じくらいか? まあ、優しくしてやらないこともないか)
「仕方ないんだぞ」
 竹千代は組んでいた腕を解く。
「改めて。俺は竹千代と言う。賞金稼ぎとしては五年程経つんだぞ」
「ふぅん。アタシはもろはってんだ」
「此処に来る前は何をしていたんだぞ?」
「別に、何も……」
 竹千代は呆れた。こんなのを身請けして、獣兵衛は何を考えているんだ。腕も細いし、背も低いし。
「こいつの為に幾ら払ったか存じませんが、役に立つんですか?」
 問われた獣兵衛は、作業の手を止めて振り向く。
「一緒に首でも狩って確かめたら良いんじゃないか」

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