宇宙混沌
Eyecatch

第2章:あなたはだあれ [5/5]

もろはをつけ回す小妖怪?」
 理玖を笠の上に乗せて飛んでいる時に、竹千代は先日遭遇した妖怪について尋ねてみた。
「俺じゃなくて、もろはに杖を向けていたんだぞ」
「へえ。人相や服装は?」
「何の妖怪なのかよく判らなかったんだぞ。肌は緑で、背丈はいつもの俺くらい。狩衣姿で、人間の顔が二つ付いた杖を持っていたんだぞ」
「ああ、そりゃあ邪見だな」
「じゃけん?」
「殺生丸のお付きの者さ」
(殺生丸……もろはの伯父貴か)
「それなら心配無さそうだぞ」
「ああ。しかし、こそこそつけ回すってのはどういう了見だろうなあ」
 殺生丸は麒麟丸の依頼を無視し続けている。それに関係するのだろうか。
(まあ、依頼ってほど丁寧に頼んでねえし、麒麟丸の思い通りに行かない方がおいらは面白いがねえ)
「此処までで良い。風が強いから気を付けて帰りな」
「また御用がありましたらお呼びください」
 竹千代は理玖を降ろし、自分の仕事へ向かう。ちゃっちゃと片付けて、早々に屍屋に戻った。
「竹千代~~」
 子狸の小さな手で獲物の骨をせっせと磨いていると、血みどろのもろはが戻ってくる。
「どうしてついてきてくれないんだよ! 生首運んだらどろっどろになるって解ってるだろ!」
「お前がどろどろになろうが知った事じゃないんだぞ。血抜きくらい覚えろ」
「竹千代が骨にしてくれたら良いじゃん!」
「俺には俺の仕事があるんだぞ。甘えるな」
「けち!」
「店先汚した分は自分で掃除するんだぞ?」
「解ってるよ! 海で体洗ってくる!」
 言ってもろはは飛び出していく。
 暫くして竹千代は骨を掃除し終わると、店先に落ちた血液に溜息を吐いた。
(仕方ない。乾く前に拭いといてやるか)
 そう思って雑巾を手に取った矢先、聞き慣れた声が聞こえる。
「……もろは?」
 それは叫びの様にも聞こえた。竹千代は雑巾を放り出し、外に出る。強い海風が竹千代の耳を冷やした。
 そしてその中に、やはりもろはの声が混じっている。
「もろは!」
 慌てて浜へと駆ける。もろはは沖へ流されていた。
「ちいっ!」
 狸の姿の方が泳ぎやすいが、この大きさでは運べない。人型になって飛び込む。沈みかけたところを、既のところで掴んだ。
 急いで浜まで戻り、息を整えながらもろはを見る。四つん這いになった竹千代の下で咳き込むもろはに尋ねた。
「お前泳げないのか?」
 首肯が返ってくる。
「泳げないのに、なんであんな沖に出たんだぞ?」
「そんなつもりじゃ……腰くらいまで浸かってたら、波が来て……」
「荒れてるのも見れば判るだろ? だいたい乾いたら塩だらけになるんだぞ。面倒でも川まで……」
 呼吸が落ち着いてきた竹千代は、その時やっともろはの姿に意識が向いた。一糸纏わぬ少女を組み敷いていることに気が付いて、折角ゆっくりに戻った心拍数が再び早まる。
「昼間っから素っ裸で海に入る奴がいるか! お前もう子供じゃないんだぞ!」
「だって下着まで血が染みてたんだもん」
「お前の服は何処なんだぞ!?」
 竹千代はもろはの肌を隠す為、そして自分の視界に入れない為に体を寄せた。その動作に、今度はもろはの心臓が高鳴る。
(えっ、近……)
 竹千代の口元のほくろが目の前に来た。もろはは、どうして狸の時には無いほくろができるのだろう、などと考えて落ち着こうとする。
「聞いてるのかもろは?」
「あっ、うん。あっちに干してる……」
「取ってきてやるんだぞ」
 言うと竹千代は起き上がり、素早くもろはに手を翳した。
「お前の姿を見えなくした。場所がわからなくなるから、動くんじゃないぞ」
 もろはは竹千代の背を見つめながら、まだ静まらない胸に手を当てる。
(名前で呼んでもらったの、初めてかも……)
「ほれ。着たら教えるんだぞ」
 そんなことを考えていたら、頭に服を被せられる。
(なんだよ、なんか良い気分だったのに台無し!)
「まだ乾いてないじゃねえか!」
 渋々袖を通して、竹千代に知らせる。
「どうせまた濡らすんだぞ。川の水で洗濯と水浴びやり直せ」
「ええ〜濡れた格好で山歩くのかよ」
「仕方ないな。乗れ」
 竹千代は飛行形体に変化する。
(もろはが悪いとはいえ、嫁入り前の体を見てしまったからな。詫びの代わりなんだぞ)
「……乗ってどうすんの?」
「飛ぶんだぞ」
「誰が?」
「俺が」
「は!? え、竹千代、空飛べるの!?」
「飛べるんだぞ」
 妖怪なら誰でも空を飛べるわけではない。特に翼を持たない妖怪にとっては、それには高度な妖術が必要だ。
「お前すげーじゃん! 泳ぐのも上手いし」
 もろははすっかり機嫌を直して、竹千代に跳び乗る。
「まあ狸だからな」
 竹千代も、こう素直に褒められると悪い気はしない。
「狸って泳ぐの上手いの?」
「泳ぎでも木登りでも、犬よりはできるんだぞ」
「へー」
 そんな二人の様子を、少し離れた物陰から見つめる者が居た。
「これは随分と、先代によく似たお顔立ちに成長されて」
 その者は不穏な笑みを浮かべると、浜の近くの崖の上に建つ店を見る。
「屍屋ね。潜伏先としてはよく考えたものだ。尤も、完全に穴を塞げたわけではなさそうだが」
 そう呟いて、そいつはそのまま林の中へと消えた。

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