宇宙混沌
Eyecatch

ウェディングドレス [4/4]

 本当は知っていた気がする。セックスしたくらいで急に大人になんかなれないことくらい。
 だけどそれを認めるのは、ただ欲望に従ってもろはの体を傷付けたと認めるのと同義だ。竹千代は血の付いた白いシーツを見て、溜め息を吐いた。
「ご、ごめん、汚して……」
「いや汚れることは解ってたから良い」
 今の溜め息はもろはの所為ではないと解らせる為に、竹千代はその髪に口付けを落とす。
「学校何時から?」
「八時半」
「急がないとまずいぞ」
 冷蔵庫の中にあった物を適当に食べ、身支度をする。
「竹千代は学校行かないの?」
「……今日は行かない」
 今日は。竹千代は考えを改めた。別に高校を卒業しなくても大学に行けなくはない。けれど、ちゃんと通って卒業した、という経験はあった方が良いかもしれない。自分の為じゃなく、将来子供が出来た時の為に。
 それに。
(ウェディングドレス……今の俺には作れないんだぞ)
 竹千代には、配色の才はある。しかし他はまだ素人レベルのことも多い。
(儀式に使う衣装は色が固定だ。形で似合わせる必要があるけど、俺は母さんみたいにシルエットの良し悪しが判らないんだぞ……)
 母が教えてくれるとは思えない。確執が無かったとしても、忙しい人なのだ。大学で学ぶのが現実的だろう。
「髪の毛やってー」
 もろはがピンとゴムとリボンを机に並べる。竹千代は一番可愛い位置で髪をまとめると、リボンを巻いて仕上げた。
「このリボンも、もうだいぶ傷んでるぞ」
「そうなんだよ。端っこほつれてきた~」
「同じ色の布探しといてやる」
「ほんと? じゃあこれは宝物入れ行き」
 呑気に話していると時間だ。竹千代は紅葉色の着物を羽織り、もろはと共に外に出る。
「学校まで送る」
「え、いいよ別に」
「ちょっと話したいことが」
「な、何、改まって」
 歩を進めながら、もろはは隣を歩く竹千代の顔を窺った。
(もしかして昨夜のが全然良くなかったからって、別れ話? それともやっぱり、結婚するならアタシじゃないとか?)
 もろはの考えはやはり杞憂だ。
「ウェディングドレスの形どれが良い?」
「…………」
「もろは?」
「いや、気が早いなと思って」
「昨夜子作りの練習しようとか言い出したのお前なんだぞ」
「いや、でも、式の前に選べばよくねえ?」
「今から練習しても、定番を全パターン作れるようにはならないぞ。急に言われても間に合わないから絞っておいてほしい」
「竹千代が作るのかよ」
「えっ、あっ、普通は買ったり借りたりするのか……」
「竹千代がアタシに似合うと思って作ってくれるのなら、何でも嬉しいよ」
 もろはは着物の袖から覗く竹千代の手を握る。竹千代は照れて下を向きつつも、ふと湧いた欲望が口をついて出るのを止められなかった。
「ロリータとか作ったら着てくれるか?」
「マネキンになるだけなら良いぜ。外に着ていくのはちょっと……」
(竹千代やっぱロリコンだよな)
 もろはも薄々感づいてはいた。
(ま、アタシも竹千代の目の色とか好きだし、お互い様だけど)
「どこまでついてくるんだよ」
 学校が見えたところで、もろはは手を離す。しかし竹千代が去る気配はない。
「門の前まで」
「え~やめろよ変な噂になるだろ!」
「噂も何も事実だぞ」
 ちゃんと学校の人にもろはを引き渡さないと。「今日は大丈夫だ、何処かに勝手に出掛けたりしないだろう」と思った日に限って姿を消すのがもろはだ。
(平気そうにしてるけど、もろはも「妊娠したかもしれない」とか、何かしら不安に思ってる筈)
 初めての朝なのだ。今日一日は、心配性と言われようが、学校に居る間以外はついて回るつもりだ。
「それじゃ、放課後迎えに来るぞ」
「来なくていいよ!」
 人目があると、照れ隠しで途端に冷たくなる彼女が可愛い。時間までもう少しその反応を眺めていたかったが、教師に捕まると面倒だ。此方に駆けてくる大人の姿が見えたところで、竹千代は着物の裾を翻した。

闇背負ってるイケメンに目が無い。